--/--/-- (--) スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

スポンサー広告 |


2011/09/13 (Tue) 09.2月12日(木)~2月13日(金)

名前:aiko 日付:2月12日(木) 15時1分
俺はアイコを愛したいと思っているし、その愛を失ってまで生きていたいとは思わないですよ。結局、そういうことだよ。この半年間、俺はアイコに対する愛のようなものを自分の内に感じることはなかったし、それは本当に生きていてきついことなんだよ。aikoだけじゃない、他のものに対しても、何に対しても愛のようなものを自分の内に感じることは出来なかった。自分の内で、いちばん激しかった愛がアイコに対するものだったわけだからな。それが感じられなくなったら、他の一切のものに対する愛も感じられなくなったってわけだ。アイコに執着している間は、aiko以外のものに構っている余裕なんてまったくないわけ。だって、アイコにだって、自分はまだ十分に関わっていないって感じながら、毎日足りない足りないって感じながら生きてるんだから。そこで、誰かが俺にちょっかいを出して来るでしょ。いろいろ話をしようとしてくる。俺の関心はごく限られた範囲内にしかないわけだから。推理小説の話を振られても、炭酸飲料の話を振られても、どーでもいいわけです。なのに、「あれ、この話にも食い付いて来ない」とか、「もっといろんな話に食い付いて行けるように関心の幅を広げなくては駄目だ」とか言われると、心底うんざりする。そいつの脳天気加減にね。

名前:aiko 日付:2月12日(木) 15時11分
かといって、自分のいま置かれている状況だとか、aikoのことなんて、そこら辺の奴には話したくもないし、話したって、好き勝手なことを言われて、俺がその俺に対して相手が言った言葉をずっと忘れられなくなるのが落ちだろう(誰だって、触れて欲しくないことはあるだろう?それを種々の雑多な「取り扱うべき(言ってみれば社向上の話題の一つとして)」話題の一つとして、好き勝手に畑をぐしゃぐしゃに踏み荒らされてさ。相手はそのことについて話したことなんて三日後にはもう覚えていないんだぜ。しかし、俺の中にはずっと消えないで残るんだ。そいつの好き勝手に言ったことがさ。いい気なもんだよ。「話題」の一つとしてさ。馬鹿じゃねえの?「話題」の一つにされちゃったよ)。本当に何かを大切に思ったことがないんだろうね。「幅広い話題云々」とかほざいてる博識気取り馬鹿は。本を沢山読んで人生終わりか。それで軽薄な知識を得意気に振り回してさ。自分で考えて得た知識というか理解なんて何もねえじゃねえか。全部本で仕入れた知識を組み合わせて遊んでるだけじゃねえか。俺はそんな遊びに付き合っていられるほど人生暇じゃねえんだよ。

名前:aiko 日付:2月13日(金) 3時26分
「空っぽの歌」歌います。

名前:aiko 日付:2月13日(金) 3時51分
世界が空っぽに見えてさ、人がたくさんいて騒いでいるのを見ると、余計に怖ろしくなる。世界が。空っぽでさ、中が空洞になっているの。それで、その空洞の影が物凄く暗いの。冷たくて、重いの。空洞が。それが、人間。世界。人間がみんな、金属で出来ていて、薄い金属、ステンレス?顔はね、つるつる、のっぺらぼう。中は空洞。空洞の影が、物凄く冷たくて、その闇が深いの。死ぬほど深いの。宇宙を想起させるの。闇じゃないか!!闇。闇からさ、生まれてさ、結局闇へ帰っていく。世界の中に在って、俺は宇宙の闇の中にいる。怖い。豊かさなんて、ない。冷たくて、ソリッドで、深い。人間、彼らの、顔の中を覗くと、顔の中の、それは宇宙の闇だ。顔の中は、宇宙に繋がっている。始まりもない。終わりもない。ただの、無限の、暗い、からっぽ、暗い!!空っぽ。うるさい。彼らは自分が怖ろしくないのか…宇宙の中で、金属の音が鳴っている。宇宙の闇の中で、けたたましく、耳をつんざくような、金属の音が鳴っている。宇宙の闇…彼らはその中で暮らし、金属音の中で、楽しみ、夢を、持っている。彼らは、金属音を意に介していないのか…とても楽しそう。俺の暮らしているのは、この世界なのか。

名前:aiko 日付:2月13日(金) 6時36分
俺は、この人とセックスがしたい。

名前:aiko 日付:2月13日(金) 16時9分
「真に音楽を愛してる」って何よ?どういうことを指すの?わかんないんだけど。説明して欲しいもんだわ。わかってるわけ?愛してるってどんな感じがするものなの?「真に愛してる」って何?「真に音楽を愛している」と思っていたとして、そういうことを口に出して言えるものなの?好きなものについてべらべら語れるものなの?なに?「愛する」ってどういうことか知ってるの?「愛するってのはこういうことだ」とわかった上で言ってるわけ?愛ってどんな感じがするものなの?

「真に」と「真に」ではない愛との区別は出来るの?出来ると考えた上で、自分は「真に」音楽を愛していると思ってるの?愛っていいもんなの?「真に音楽を愛してる」のは幸せなの?愛って俺にはまったくわからないんだけど。「真に」って何?とりあえず、愛があればいいよ、俺には。真に、とかそういうのは、いいよ。よくわからないから。愛があればさ。

名前:aiko 日付:2月13日(金) 17時3分
だいたいね、音楽ってものを「こういうものだ」って定義すること自体がまったく馬鹿げているんだよ。音楽に対して空虚な言葉を振り回してさ。音楽に対して、一つでも言葉を用いたら、もう音楽からは離れているの。

名前:aiko 日付:2月13日(金) 17時50分
生きていてよかった。しかし、こうは感じられない日々をとても長く過ごしていたし、いま、こうして生きていることを喜べるような日々を送れるのが、あとどれくらい続くのか。また、喜べない日々が、近いうちにやってくることは、わかっている。しかし、何故、喜べる日々を、生きていることを喜べる日々を知っているのに、喜べない日々を知っているのに、喜べない日々をあえて過ごさなければならないのか?自分から進んで自分の人生を失うことはないだろう。失いたくないよ。でも、殆ど自分の人生を失って生きてきているんだ。俺は、自分にとって何がいちばん大事なのかを、理解していないのだろう。

スポンサーサイト

未分類 | trackback(0) | comment(0) |


2011/09/13 (Tue) 09.2月11日(水)~2月12日(木)

名前:aiko 日付:2月11日(水) 6時11分
今日私が寝られるのは、私が一日を生きたと感じられるからです。ただただ一日が続いていく…そのように日々感じていた間は、私は生きてはいなかったのでしょう。寝る時に、「取り敢えずは、今日で死んでもまあしょうがないか」と感じられる日々を生きていきたいです。私は生きるのが苦手なようです。

名前:aiko 日付:2月11日(水) 19時47分
おそろしいのは、自分が「こう生きるぞ」というような筋書きを自らに押し付けようとしていることだ。更におそろしいのは、自分以外の人間にも、俺に対して「こう生きろ」というように、なんの疑いもなく、そいつの考えた筋書きを押し付けてくる人間がいるということだ。

名前:aiko 日付:2月11日(水) 19時56分
半年振りに、「生き物」の存在を感じる。「生き物」が、段々と姿を現してきている。《人間は、絶対に、「生き物」の存在を否定してはならない。》

名前:aiko 日付:2月11日(水) 20時3分
つまり、この人間の身体や思考は「生き物」の乗り物でしかない。人間が生きているわけではない。「生き物」が生きているのだ。「生き物」を否定するのは最も馬鹿げた行為であり、暴力であり、殺人である。

名前:aiko 日付:2月11日(水) 20時48分
この半年間は、学校に行き、働いていた病人だったんだな。外から見れば、「現実的な生活」をしていて、「外の生活」とやらをしているように見えたのかも知れないけどな。あれが現実というのなら、俺に現実はいらないね。やつらの言ってる「現実」とやらは考えにしか過ぎないんだからな。つまり外に働きに出たり、「具体的」なことをやるのが「現実的」だと思い込んでるんだな。それで俺が不健康になれば更に俺のことを責めたてるんだぜ。つまり、やつは人間の意志だとか感情というものがすべて自分の思考でコントロール出来ると信じてるんだな。そしてそれを俺に押し付ける。苦しくなる場合、苦しくならないようにすることが(思考によって)可能なんだそうだ。それがやつのいう「プラス思考」というやつらしいんだけどな。

まず、やつの考えには、感情には良いものと悪いものとがある、という前提があるらしい。そして、「悪い」感情がやってきた場合には、「プラス思考」とやらでそれを排斥しなければならないらしい。やつのいう「悪い」感情というのは、苦しさだとか悲しさだとか、怒りとか、疑いだとか、そういうことをいっているんだろうな。それらがやってきた場合、思考によってそれらをなくすべくやりくりしなくてはならない。

名前:aiko 日付:2月11日(水) 21時4分
まあ多くの部分は言葉の使い方の違いに過ぎないんだけどな。「現実」という言葉の捉え方の違い。つまり、多くの人間は、現実感喪失という、医学的にいうところの離人症状というのを数年間に渡って経験したりはしていないわけでしょう。現実感というものを長きに渡って感じられなくなったことのない人間に、「現実感」というものが解るわけがないんだよ。だから、多くの人間は「現実感」というものを知らない。だから、「現実」という言葉も理解できないんだな。「現実」は当たり前なんだから。わざわざ話題に挙げるまでもないことなんでしょ。だから現実がどうのなんて言い回しを目にしたって、言葉遊びにしか聞こえないわけでしょ。具体的に「現実」というものを経験したことがないんだから。だから、多くの人間にとっては、「現実」というのはただの言葉にしか過ぎないんだな。「現実的」とか「非現実的」とかいうのはただの言葉遊びにしか過ぎない。「非現実的」というのを、「実現不可能な」とか、「シュールな」とか、そういう意味合いでしか使わないわけでしょ、多くの人間は。

だから、まあしょうがないんだよな。使ってる言葉が違うわけだから。当然、限られた少数の人間しか、離人症状というのを数年間に渡って経験することはないわけだからな。

名前:aiko 日付:2月12日(木) 1時25分
この半年間は本当に一瞬だった。未だ、今が去年の7月のような気がしてならぬ。しかし時間だけは進んでいる。カレンダーを見ると2月となっている。

名前:aiko 日付:2月12日(木) 2時0分
少なくとも、いまは、苦しいとか、現実感がないのは変わらないけれども、それでも「自分の人生を生きている」という感じはするのだ。現実感がないという事実を、自分の人生として見ることができるのだ。これさえなくなってしまったら、救いがない(この半年間がそうだった)。苦しくても、現実感がなくても、それを自分の人生として感じることが出来ていたから、「これから先はいい方向に向かうだろう」という希望的観測を持つことが出来ていたのだ。自分の人生でもない、現実感もない、これから先よくなる見通しもない、時を過せば過すほど取り返しのつかないことになる、失い続けることになる、というのでは本当に救いがない。この半年間は、何の誇張でもなく、地獄であったと思う。

相変わらず、現実感もない。苦しいことには変わりはない。しかし、この「現実感のなさ」や、苦しさを「自分の人生」として受け入れることが出来ている。少なくとも、この苦しさや、現実感のなさから始めることができる。少なくとも、自分の人生は進んでいくだろう。いくらでも救いはある。

未分類 | trackback(0) | comment(0) |


2011/09/11 (Sun) 09.2月9日(月)~2月11日(水)

名前:aiko 日付:2月9日(月) 5時15分
去年の6月が昨日のようだ。この半年間が、一瞬にして、無内容に過ぎ去っていたことに驚く。俺は半年をまったくの無駄に費やした。本当に何も得るものはなかった。空白だ。

名前:aiko 日付:2月9日(月) 16時14分
こんな夢を見た。兄貴から4242円を明日までに両替してくれ、明日髪を切るからと言われた。国語辞典と壊れた筆箱。兄貴はビジュアル系のギタリストがいつも表紙に載っている雑誌、「ゴーゴーギター」を読んでいた(註:ビジュアル系のバンドがいつも表紙になっている雑誌は正しくは「バンドやろうぜ」など)。俺はその「ゴーゴーギター」、ビジュアル系のギタリストが表紙になっているから買いたくないんだと言った。けれども見たい記事があるから買ったのだ。「ゴーゴーギター」には、オレバンドやウェインショーターのバンドなどのライブでの「マイクのセッティング」のみが写真で大きく20ページほどにわたり紹介されていた。メンバー自身の写真は一切なし。マイクだけではなく、楽器も設置された写真だった。ウェインショーターはギターも弾くようだった。黒いフロイドローズのアーム付きのギターだった。他には、漫画のようなものもあった。ギャグ漫画だった。全神全霊で生きるようなことは、無意味なことであるし、それはギャグそのものにしかなりえない、というか生というものは(生というものを表現する場合)本質的にギャグにしかなりえないというようなものだった。長尾謙一郎のようだと思った。そのあとの方には、女性のヌードの絵(芸術)が20ページほどに渡って載っていた。はじめの方のページは、女性の乳首がぼかされて、少し腐りかけの桃のように痛んでいるように見えるだけで、印象派の影響を受けた明治~大正時代の日本画家のような絵だったけれど、ページを追っていくごとに、乳首が更に桃が痛んだようになり、ついには乳首がぐしゃぐしゃになり、女性の目の周りにもあざができるようになっていた。ムンクの絵のようになっていた。それぞれ、違う画家によるものらしかった。モデルも違う。更にページを追っていくと、女性の目がぼこぼこに殴られたように、乳首はぐしゃぐしゃにえぐれ、女性の目もあざで痛んだ桃のようになっていた。それはもう絵ではなくなっていた。女性の写真だった。次の写真を見る。女性の目の部分に(瞼は閉じられている)蛍光色の緑で「井」の字のように、焼き印のようなものが左右の瞼の上から焼き付けられていた(中南米の民族の儀式のようだ)。それを撮った写真家は書いていた。「ぼくもなぜこんなことをしていたのかは覚えていない」(作品に没頭していたらこのようになっていたのだ)。兄貴はこのヌードのページは俺のいる前では読まなかったようだ。兄弟のいる前でヌードのページを読むのは恥ずかしいから。俺はそこまで読んで、裏の表紙を見た。1260円だった。ヌード写真集のせいで高くなっているのだろう。俺はこれに1260円は出せないと思った。

名前:aiko 日付:2月10日(火) 2時23分
耳を塞いで、目を塞いで…何も変わらない。目を開いていても何も見えないことには変わらない。耳を開いていても何も聞こえないことには変わりない。今に始まったことではないし、特に問題にしてもいない。単なるディパーソナライゼイション。ここは防音室。世界の音を、シャットアウト!!!眼に映る世界は、観念の世界。この時計は俺の思考か?世界が、俺の思考と切り離されることを望む。つまり、考え「が」世界である…ではなく、ちゃんと考えと切り離された世界が存在していてくれること。ディパーソナル!!

仕事は辞めました。

名前:aiko 日付:2月10日(火) 3時21分
そう、自由なんてものは信じていない。まったく信じていない。自由の反対に位置するものは「意志」だ。意志のある限り、自由はない。

名前:aiko 日付:2月10日(火) 3時25分
俺は自由を最も怖れるんだ。

名前:aiko 日付:2月10日(火) 15時27分
安易に自由に傾くのではなく、我々は自分の不自由―すなわち意志と向き合わなければならない。

名前:aiko 日付:2月10日(火) 15時29分
自由を選択することは自己の意志を否定することにもなりうるのだ。

名前:aiko 日付:2月10日(火) 20時31分
半年前に彼が俺にしたことは、「俺が考えること」の否定でもあった。半年間何も考えていないことに気がついた。想像が働いていなかったことに。そう、「存在」というものは、点ではなく、点と点を結ぶ線にある思う。例えば、俺がコーヒーを前にする。その時に生じる俺とコーヒーとの関係性の中に、「コーヒー」という存在、「俺」という存在がごちゃごちゃになって一緒にあるのだと思う(関係性の中に存在はある。コーヒーを前にしている俺は、リビングにいる。テレビもついている。無数の関係性の中に、「混沌」として存在はある)。

関係性を「認識」出来なければ、「自分が存在していないような感じ」を感じているというよりも、《彼は実際に存在していないのだ》。

名前:aiko 日付:2月10日(火) 21時9分
例えば音楽を聞くでしょ?俺が聞いているのと同じものを他の人に聞かせても、俺がその音楽を聞いた時に見たものをその人も見るということはありえないでしょ。俺にとっては「存在」していたものが、その人にとっては「存在」していなかったってわけ。「同じものを見てもいろんな見え方がある」なんていうけど、俺はそういう考えは絶対にしない。「同じもの」だなんてどうしてわかる?ただの符牒ではないか。「見え方」というのにも違和感を覚える。あたかも「ものそのもの」が確かに変わらずに存在しているというような言い草ではないか。まず、厳然とある音楽が存在し、それに対する自分の認識の仕方のみが変化する…本当に、その音楽は「存在」しているといえるのか?世界は絶えず創造されている。音楽を聞いている間も、世界が創造されているというだけのことだ。音楽とは、聞き手と歌い手との記憶が出会うことで、そのあいだに世界が創造されるものだといえるだろうね。音楽はもともと存在しない。

名前:aiko 日付:2月11日(水) 0時12分
エステル。結構かっこいいな。
http://www.youtube.com/watch?v=tG1DPN5xxvE

未分類 | trackback(0) | comment(0) |


2011/09/11 (Sun) 09.2月7日(土)~2月9日(月)

名前:aiko 日付:2月7日(土) 5時28分
自分に無関係な物事に関わりあっていることに危機感を感じなくなることを怖れていたのだ。人間が自由だなんてのは錯覚だ。人生というのはとても限定されたものだ。この事実を否定することが、俺がこの半年間かけてやってきたことだ。その結果、自分の意志は殆んど動くのを辞め、思念だけが残った。俺はどんな本をも読むことが出来る。すべて自分にとって無意味だからだ。これは自分が最も怖れていたことだった。

名前:aiko 日付:2月7日(土) 5時42分
神経症とは、頭で作った考えに、自分の意志が抵抗を起こした結果として、苦痛が現れたものだ、ということが出来る。つまり、自分の意志とは無関係に、頭で自分に「こうしろ」というように考えを押し付けること。そこから神経症が発症する。七月以来、酷いことになっているけど、神経症を悪化させられたと言った方が早いかも知れないね。

名前:aiko 日付:2月7日(土) 5時44分
一人の人間が、他人の人生をここまで台無しに出来るものなのかね。

名前:aiko 日付:2月8日(日) 2時23分
人はね、比較を通してしか物を判断することが出来ない。比較するものが変われば、当然判断の内容も変わってくる。例えば、俺は「自分がいま正しい判断をしている」と自覚することが、ある時期までは出来ていたんだよ。でも、ある時期からは、「自分がいま正しい判断をしている」と感じられることがなくなったから、それが最初からないかのように錯覚するようになった。「いまの自分はずっと間違った判断をしている」と危険を感じるのではなく、それが当たり前になってしまう。正しい判断が出来ていた時の感触を忘れているからなんだよね。カミュは「ぺスト」でこう言っている。「絶望に馴れることは絶望そのものよりも悪いのである。」

名前:aiko 日付:2月8日(日) 3時1分
俺はね、個人的に、誰かと対話をするというのは不可能だと思っているのね。その代わりに、俺が一方的に世界に繋がることは出来る。想像を通してね(もちろん、「繋がろう」という意志をもって繋がるんじゃない)。でも言ってみれば、人が世界と繋がるのは一方的なものでしかありえないからね。「人と人がお互いに繋がり合う」なんていうのはありえない。一人一人が、一方的に世界との繋がりを感じることがある、それだけだから。対話なんてのはコミュニケーションのうちで最も程度の低いものだと思うね。とかいいながらここに書いているおまえはどうなんだ、といわれたら、それは俺が世界と繋がっていないからだよ。世界との繋がりを感じられないからその代償行為としてここに書いている。世界を感じられれば、もうコミュニケートしているから、何も話す必要もない。逆にいうと、その時になって初めて会話が意味を持ち始める。無意味を受容出来るということだ。世界にあれこれ意味付けしようとしているのは、世界と繋がれていないからだ。世界を感じていれば、世界に意味付けをする必要性はまったくなくなる。世界は、豊かだ。世界について語ることは何もない。

名前:aiko 日付:2月8日(日) 3時16分
この半年間を考えて、霊的な経験をまったく失っていたことにも気がついた。それはつまり、俺がこの世界において最も価値を置いているものだ。現実的な言葉で語ることは不可能だ。「どんな形をしているのか」なんて馬鹿なことを聞くなよ。それ以外に俺の人生の価値は何もない。どっかの馬鹿によって、それを追い求める生活から身を引きはがされたけどな。その結果が今の状態だ。いいか?「それ以外に俺の人生の価値は何もない。」馬鹿には一生理解できねえだろうけどな。せいぜい眼に見えるものだけを追っかけてろや。

名前:aiko 日付:2月9日(月) 2時38分
凄すぎる。芸術性の欠片もねえ。マイルスバンドを抜けた後のトニーウィリアムスは理解できん。逆の意味で凄いんだけど。ここまでやられたら天晴れというか。むかし、ハービーハンコックの処女航海ってアルバムのトニーの演奏聴いた時に、林立夫っぽいと思ったけど、これを聴いちゃうと前言撤回っていうか、林立夫ゴメンナサイだな。
http://www.youtube.com/watch?v=P41C-814iAs

名前:aiko 日付:2月9日(月) 2時55分
でも、4分20秒あたりとか、5分過ぎたあたりとか、かっこいい所もあるんだよな。

I know its Tony.What im saying is, he isnt listening to his fellow musicians.He's far to loud.He was great with Miles, but grossly overrated after that.

とか書いてる人がフルボッコにされてるし。まあ確かに誰にも真似できないプレイではあるからな。

名前:aiko 日付:2月9日(月) 3時1分
こっちの方がいい。
http://www.youtube.com/watch?v=QMHwBoHaH2Q

未分類 | trackback(0) | comment(0) |


2011/09/03 (Sat) 09.2月7日(土)~2月7日(土)

名前:aiko 日付:2月7日(土) 2時47分
俺は本当にバイトをバックレるのか?次の仕事は日曜の夜。それ以降の予定は決まっていない。3週目あたりに仕事が増えるといっていた。そうなるとそろそろ研修も終わって固定シフトになるのかもしれない。そうなると、辞めるのは困難になる。

しかし、やっと仕事を覚えたところなのにね。働いている人もいい人ばかりなんだよ。親切にいろいろ仕事も教えてもらったのにね。別にその人たちのこと嫌いじゃないんだけど…

働いてる時にね、ソーセージやらアメリカンドックやら焼いたりあっためたりするんだけど。いい匂いがするんだ。おでんを作ったりね。なんか思い出していて泣きそうになってるんだけど。

バイトはそんなにつらいことだったっけな?いや、バイトがつらいんじゃなくて、バイトを始めてからの自分の生活が不自然になっているってことだったか?

たぶん、あの「逃げている」という感じだとか、「自分はいま正しいことをしているのだ」とか、そういうことが感じられる生活を再びしたいと思っていたんだろうな。

名前:aiko 日付:2月7日(土) 2時48分
ほら、俺が一時期しきりに言っていた「痛み」というやつ、あれをもう半年以上感じていないんだよ。

「痛み」だとか、実感だとか、自分の人生を生きているような感じだとか、悲しみだとか(そうだ、悲しみももう長い間感じていない…最後に感じていたのは6月だったか?)、そういうものを感じられなくても、涙は出る。そういうものを感じられなくても、少なからず、生きていて「いいな」と思うものはある。

7月に働き始めてね、それから数ヶ月間、自分の中がすーすーするような、「自分の人生を生きていない」ような、肌寒さを感じていたように思うんだけど、だからといって、その間、まったく人生に於いて美しいものを感じられなかったわけでもないのね。

考え直したいと思っているんだったら考え直してもいいのかもしれない。バイトを失くしても、世界がまったく美しさを失うことはないと思う。ただ、あの、フランクフルトを焼いたりしている時のあの匂いだとか、親切に仕事を教えてくれたおばさんの顔とか、店長とか姉さんの顔とか喋り方を思い出すだけで。あーなんで泣いてるんだろ、俺は。

本当に仕事を辞めないといけないんだろうか?もっと、自分の中でいろいろと物事が落ち着いてから、この仕事を始めればよかった…あの場所は全然悪くない。あんないい人たちが、どこに行ってもいるものなんだろうか?なんか、とんでもなく間違ったことをしようとしているんじゃないだろうか?

名前:aiko 日付:2月7日(土) 2時53分
間違ったことしかしていないような気がする。7月に仕事を始めて、これは間違っていると感じながら、様子を窺おうと、仕事を辞めずに続けた(金を自由に使えるというのがどういうことなのか、知りたかったのだ)。学校も行った。途中で行くのを辞めた。確信が持てなかったのだ。二週間で思い直した。また学校へ行きだした。二週間の遅れを取り戻すのは大変だった。12月に学校が終わった。仕事を始めた。

この、いまの仕事を始めたのも、間違っているというか、確信が持てていなかったんだけど、いま、その仕事を辞めるのにも確信が持てていない(笑。仕事をしていた間の、12月の終わりから2月まで、死にそうだったのにね。死にそうというか、実際の苦痛よりも、「これでいいのか」という葛藤というか、不安というかが物凄かった。毎日、人生の決断を迫られているようだった。

いやね、いま仕事を辞めれば、あそこにいた人たちを愛しいというか、寂しく思うことは、あるかも知れないけど、それだけの話だからね。そこにいて、自分の人生の目標が見えなくなるようでは、よくないでしょ。まず自分の人生を生きていなければ駄目だと思うの。別れなんてね、いくらでもあるさ…自分は重く受け取りすぎているのかもしれないな。

名前:aiko 日付:2月7日(土) 3時14分
今日図書館へ行ったよ。「別に金がなくたって、ここで本を読めばいいじゃないか」と思った。むしろ、時間の方が必要なんじゃないか…まとまった時間が。もうずいぶん長いこと、なんとなく時間が目まぐるしく過ぎ去って行っただけという感じだったからな。充実感というのはまったくなかったよ。時間が過ぎてくだけだった。

怖ろしいほどに時間が早く過ぎ去って行ったような気もする。何もしていないのにね。目標とか、なんにもないままね。「このまま死んでいくのか」と思うと怖ろしかった。

名前:aiko 日付:2月7日(土) 3時35分
もちろん、すべては俺の妄想によるものなのだろうが、「妄想をやめろ」と言われても、俺にはそうとしか考えられないんだからしょうがない。バイトを辞めることで妄想が収まるのであれば、辞めるしかないだろう。俺の妄想は自分が働きもしない、学校へ行きもしない、まとまった自由な時間を求めていたのに、それを外部の者によって邪魔されたことから始まっているのだから。だから、俺は働きもしない、学校へ行きもしない、まとまった自由な時間を実際に経験してみるまで、ずっとそのことにとらわれ続けるだろう。

未分類 | trackback(0) | comment(0) |


2011/09/03 (Sat) 09.2月6日(金)~2月7日(土)

名前:aiko 日付:2月6日(金) 3時23分
なあ、助けて。いまバイトしてるんだけど、金が入っても、欲しいと思えるものがない、というか、自分が何を本当に必要としているのかが凄く見えづらくなっている。

金があるから使うわけだけど、喜びがない。何かを食べても味がしないことが多い。疲れているだけか?

寝る時に絶望的な気分になっていることが多い。働いていて、充実感がない。「正しいことをしているのだ」という感触がない。

それで稼いだ金は、何が欲しいのか解らないから適当なものに軽々しく使う。大した喜びもない。上滑りになっていくだけ。現実感がなくなっていく。

働いていない時は、金が欲しいと思っていたはずなんだよ。もっとも、いま働いているのは、単純に「金が欲しい」という動機ではなくて、救いを求めるように、働き始めたのね。藁にもすがる思いというかね。働き始めることで、良い場所へ行けるんじゃないか、と期待していたと思う。働き始めれば、すべてがうまくいくんだ、と期待していたんだと思う。

アルバイト希望の電話を入れたのは、12月の終わりだったな。学校の授業が終わり、疲れてたんだろう、足がだるく、眠れず、考えがマイナスになっていたのかな。「あと少しだって、ここにはいられない」と思った。それで電話したんだな。無理やり勢いをつけてね。

それで電話した。「電話したあと、自分はいままで逃げていた、自分が取り組むべき問題に取り組んだ、というような清々しさを感じるのではないか」と期待していたんだけど、電話したあとも、「無理やりに何かをした」という、現実離れした感じを強く感じただけだったと思う。清々しさはなかった。

名前:aiko 日付:2月6日(金) 3時36分
面接した時は、確かな感触を感じた。ハラハラした。面接が終わったあと、「俺は人間というものを誤解していたんじゃないか。俺が人間を憎んでいるのはただの妄想による産物なのではないか。人間というものは俺が思っているほどは悪くはないんじゃないか」とかいうような、青臭いことを感じたりもした。景色の見え方が違っていたような気がする。そうだ、群青色にオレンジが混ざっていて…美しかった。

しかし、ずっと、俺の周りにある物たちの配置は狂っていた。自分にとっての中心が、いままででいちばん、見えなくなっていた。確かに、働いた帰りだとか、空がとても美しく感じられたことは度々あったし、音楽がまったく力を持っていなかったというつもりもない。

しかし、そう世界がグロテスクな美しさをもって迫ってくる瞬間が度々訪れようとも、生きていて楽しかったとは言えないし、楽であったとも言えないし、自分にとって「何」がいちばん大事なのか、というのをいままででいちばん酷く見失っていた。自分にとっての中心が見えづらくなっていた。

俺にとってのいちばんの目的はなんなのか?世界の美しさを感じられることか?もちろん、言葉に規定することの出来るものではないだろう。それを目撃した時に、「そうだ、俺の生はここにあった」と感じるだけだろう。

そうだ、それがどんな形をしているのかが知りたいんじゃないのか。長い間、「それ」を見ていない。「それ」を見ることに関しては、今の生活は失敗している。

バイトを始めたのだって、救いを求めるように始めたからね。始めれば、その瞬間から、即座に救われると思っていたわけ。でも違っていてね。前よりももっと酷くなっていると思う。いや、「前」ってなんだ?1月は試験だったらね、殆ど仕事入ってないの。研修中で、まだ固定シフトじゃないから、融通してもらったの。だから週一日とか(しかも一日2時間とか)、そういうペースだから、バイトが始まっているともいえないんだよね。それでも、俺の方は全然余裕がなかったんだし。

それで今、学校の試験も終わって、いよいよ仕事も普通に入れるぞって段に入っているわけ。初めて5時間働いたしね。だから、まだ環境は落ち着いてはいない。

名前:aiko 日付:2月6日(金) 3時50分
生活全体が不自然になっているのね。不自然で、不自由。もちろん、それをすべて働き始めたことのせいには出来ないのかも知れない。けれども、「いま、現実に生活全体が不自然で不自由である」ことは事実なのね。

名前:aiko 日付:2月6日(金) 3時53分
俺はなんで医者に行かないんだろう?こんなところに書くくらいだったら医者に行ったほうがいいじゃないか。なんでだったっけな。

名前:aiko 日付:2月6日(金) 3時59分
俺には未解決の重大な問題が多すぎるんだ。

名前:aiko 日付:2月6日(金) 15時30分
「音楽が好き」ってなんなんですか?「音楽が好き」とか公言している人を非常によく見るけど、それはどういうことなんですか?ためらいもなく「好き」って言えるものなんですか?

名前:aiko 日付:2月7日(土) 1時13分
死ぬ
http://aiko.can-d.com/

未分類 | trackback(0) | comment(0) |


2011/09/03 (Sat) 09.2月5日(木)~2月5日(木)

名前:aiko 日付:2月5日(木) 5時34分
例えば、俺が働くのをやめる。学校へ行くのをやめる。つまりすべての「繋がり」をなくす。そうすると、初めて世界との繋がりを感じられた。学校へ行ったり働いていたりしていて過ごしていた間には世界との繋がりどころか一切の感触を失って生きていたのに。

名前:aiko 日付:2月5日(木) 5時35分
確かに言えることは、いまの俺には、創造性はまったくない、ということだ。創造を第一に考えるのなら、働くのをやめるべきだ。

創造している時というのは、一瞬一瞬生きている間にずっと創造しているんだ。正確には、自分の中で世界が作られていく様子を一秒ごとに感じることが出来るんだ。世界が豊かに感じられるんだ。そして笑いが起こるんだ。楽なんだ。世界が美しく感じられるんだ。俺はおそらく、そういう生活を最も望んでいたはずなんだ。

名前:aiko 日付:2月5日(木) 5時38分
現実感というものが価値のあるものだったのかすら解らない。忘れてしまった。

世界の匂いとかね。あったことすら忘れていた。

名前:aiko 日付:2月5日(木) 6時0分
やはり7月に端を発しているんだよ。7月に俺が怖れていた事態にそのままなっている。あの時、「自分が向かうべきから逃げているという自覚すら失われるだろう。それがいちばん怖い」とか言ってたように思うのね。その通りになっているわけだ。

つまり、その当時は「いま、自分が何かを脅威に感じているということは、自分には守るべき何かがあるということだ。しかし、遅かれ早かれ脅威も守るべき何かもなくなるだろう」と、怖れていた。今の俺には脅威もない。守るべきものもない。というか、意志がない。

名前:aiko 日付:2月5日(木) 6時3分
何もない。人間が金属で出来た、のっぺらぼうの、中が空洞になった像のように見える。時間が過ぎていく。日付が変わる。意志は、ない。怖ろしさは、ある。寝る時は、怖ろしい。空っぽである。

名前:aiko 日付:2月5日(木) 20時57分
この本を読む前から「影」の存在を感じたことがないのなら、この本を読んでも「深く考える」きっかけになってお終いだろう。何が「発見」だ。何が「心の旅」だ。ふざけるな。ここにレビューを書いているのは、単純に知識を楽しんでいる馬鹿だけだ。この本は誰にも薦められる必要はない。「影」というのは、この本を読まなくても知っているやつは知っているし、知らないやつはこの本を読んでも永久に理解できない。この本は実際に「影」に出会った人が確認のために読むというだけのものだ。
http://www.amazon.co.jp/gp/product/4061588117/sr=8-22/qid=1233834148/ref=olp_product_details?ie=UTF8&me=&qid=1233834148&sr=8-22&seller=

名前:aiko 日付:2月5日(木) 21時31分
俺に対して「生きろ」と言ってくる奴よりも、「死ね」と言ってくる奴の方が余程説得力がある。そんな奴は一人もいないけどね。みんな「生きろ」と言葉の上では言っているが、その意味するところは
「死ね」だ。彼らがそのことについて無自覚なのが許せない。自分が誰かを救おうとしていることが、実際はその誰かを殺そうとしているのだということを自覚していない人間が許せない。俺を救おうとして自己満足を得ている暇があるのなら、単純に俺を殺しに来ればいい。そうすれば俺も抵抗できる。
http://www.amazon.co.jp/gp/product/4061588117/sr=8-22/qid=1233834148/ref=olp_product_details?ie=UTF8&me=&qid=1233834148&sr=8-22&seller=

未分類 | trackback(0) | comment(0) |


2011/09/03 (Sat) 09.1月25日(日)~1月31日(土)

名前:aiko 日付:1月25日(日) 22時2分
なんでこんな曲がシングル曲として出されているのか。必要のない人間の耳に晒す必要はないではないか。こういうものに値段をつけるのは間違っている。

名前:aiko 日付:1月25日(日) 22時16分
チンコをマンコが暖かく包む

名前:aiko 日付:1月26日(月) 0時12分
くそ、俺は音楽上の表現する技術が低すぎるな。音楽なんてのは技術がすべてなんだから。

名前:aiko 日付:1月26日(月) 0時22分
技術というより方法論だな。頭で考えた部分。俺には考えがなさすぎる。楽器を手に取る前から勝負はついてんだから。音楽を知らなくては。感覚を離れた所で。理性で音楽を作らなくてはならない。感覚なんてのはあまり信用してはいけないんだ。初期衝動なんてものはね。感覚を意識しだすと甘やかされるからね。

名前:aiko 日付:1月27日(火) 0時10分
他の人がどう考えているのか知らないが、音楽は悲しみから生ずるものであり、そうでない音楽は俺にとっては無縁であり、脅威でしかない。

名前:aiko 日付:1月29日(木) 0時0分
1月28日(水)14:41
あなたのことが愛しいと思うよりも、この世界を「同じように」美しいと感じているあなたのことが愛しいのだ。
ぼくは世界を愛しているのだ。ぼくがあなたのことを愛しているとするのなら、それは飽くまで世界への愛を通してのことだ。
しかしぼくが音楽を聞いて泣く時も、音楽に対して泣いているのではなく、世界に対して泣いているのだ。

名前:aiko 日付:1月29日(木) 0時3分
はっはっはっ

名前:aiko 日付:1月29日(木) 0時5分
1月28日(水)16:18
一つ一つの曲が聴き手の記憶と馴れ合って世界を作り出してゆく。
人は記憶で出来ている。
コミュニケーションというのは両者の記憶を通して行われる。
音楽は人に伝わって初めて完成する。
あらゆる認識というのは既に記憶なのだ。

名前:aiko 日付:1月29日(木) 0時7分
ワロタ

名前:aiko 日付:1月29日(木) 14時1分
しかし…愛だけでは足りない!!

名前:aiko 日付:1月31日(土) 15時39分
これを音楽と呼ぶのなら、この人以外に音楽をやっている人は一人もいない。これからも、いない。

さようなら。音楽そのものに意味があるとは思えない。歌が発せられて、歌がその人を離れた後に、もう音楽は、ない。ぼくは、歌が発せられているのを見、歌が当人を離れたのを見て、その音楽がもう既に役目を果たし、もうぼくは音楽に対して何の用も持ってはいないことを発見する。

ぼくは、もう音楽に対しては、何の用も持っていない。ぼくはもう音楽を相手にする気はない。音楽に手を触れる気はない。音楽がぼくのもとにやってきた時に、ぼくは音楽を迎え入れる。音楽に、意味なんて、ない。
http://jp.youtube.com/watch?v=vYO7gqBLapU

未分類 | trackback(0) | comment(0) |


| TOP |

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。