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2012/02/20 (Mon) 09.9月11日(金)~9月14日(月)

名前:あいこ 日付:9月11日(金) 15時30分
また私的なこと書いちゃいます。ぼく、病院ダブルで行ってたり片方だけ行ってたりというのをやってたんです。病院と関わってると、病人らしく振る舞ってしまうように思います。病院に「守られてる」と思っているのか、病院に支えてもらおうという意識が出てしまうんでしょうね。関わっていないと、守られてる感じは、比較すれば、薄くなります。しかし、「自分」というものは、こちらの方が、より感じられる気がします。病院に行っていようが、苦しい部分はありますよ。行っているかいないかで、世界の知覚のされかたが違うですからね。要は、ぼくがどちらを取りたいかなんですけど。どっちなんでしょうね。

名前:あいこ 日付:9月11日(金) 15時44分
病院へ行っていると、自発性のようなものは抑えられますね。そりゃ守られているわけですからね。段階として、そういう時期が必要なのかもな、とも思うのですけど。なんの病気とも診断されていないですからね。

名前:あいこ 日付:9月11日(金) 15時54分
つまり、「病む」期間も、回復の段階として必要なのではないか、とね。

名前:あいこ 日付:9月11日(金) 19時19分
よいニュースは小さな声で語られる

名前:あいこ 日付:9月11日(金) 19時30分
「こうあるべき」ではなくて、「そこにあるもの」を生きるしかないわけだから、目標を持つのは間違いだと思うのね。例えば、俺はいま音楽が聞こえないんだけど、「聞こえるためにどうすればいいのか」と考えてしまうと、この「音楽の聞こえない状況」を、悪いもの、排斥すべきものとして考えているでしょう。ただ、人間はその時その時の状態が続いていくだけであって、どの状態が「いい」とか「悪い」とかいえない、というかそうすると生命を制限することになると思うのね。「音楽が聞こえない」というのは、結果的にそういう状況がやってきたわけであって、それがいいか悪いかなんて分からないし、音楽が聞こえなくなることで、何かを促しているとも捉えられるしね。音楽が聞こえない状況を経ることで、そのような同じ状況を経験した人と、ある種の共感を共有できるわけであるし、それは結果的に見て、悪いことであるとは思わない。そこを無理に、「音楽を聞こえるようになるべきだ」なんて考えて妙な努力をしてしまえば、そこで得られるべき経験も得られなくなってしまう。こちらの方が、損失であると思う。

名前:あいこ 日付:9月12日(土) 3時3分
こわい

名前:あいこ 日付:9月12日(土) 12時2分
なかなか面白い。というか、4分15秒あたりに出てくるおかっぱの女の子が超絶にかわいい。
http://www.youtube.com/watch?v=D2BXodPcs5s

名前:あいこ 日付:9月12日(土) 16時55分
いわゆる、森田正馬のいう「あるがまま」「事実唯真」、「無所住心」、禅でいう「初一念」、「自然(じねん)」というのは、状態ではなく、動きの中にある。例えば、何かに憧れ、その憧れているものに近づきたいという希望に衝き動かされ、努力している人は、その努力している最中に、真実に生きているのであり、彼はそのほかに生の在り所を求める必要性はない。彼は動いている状態であり、同時に静止した状態にある。

名前:あいこ 日付:9月12日(土) 22時4分
目標、ひとつだけあるよ。それは、「生き残ること」。

名前:あいこ 日付:9月14日(月) 11時45分
林立夫。改めて思うのだけど、この人はミュージシャンですらない。ここに聴かれるドラムの演奏は、「音楽」という言葉でくくれるようなものではない。この人自身も、自分が音楽家であるとは思っていないだろう。
http://www.youtube.com/watch?v=jof1-E0Vyks

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2012/02/20 (Mon) 09.9月9日(水)~9月10日(木)

名前:あいこ 日付:9月9日(水) 21時19分
去年の7月から、音楽が楽しく聞こえないのに、無理矢理楽器にコミットしようとする習慣が再び生まれた。そして、それから一年間経って、気が付いたのは、音楽が楽しく聞こえないのに、楽器をやろうとしても不可能である、ということだった。それは、俺が大学二年か三年くらいのころに、気付いた事実でもあった。

名前:あいこ 日付:9月9日(水) 23時48分
あなたが私に生きて欲しいと「望んでいる」ことは、私にとって助けになっていると思う。「人間は何がなんでも生きなければならない」とか「死ぬことはいけないことだ」とかいうような、教科書的な言葉を並べられても、「そんなことは分かり切っている」と思うだけだが、「私はあなたに生きていて欲しいのだ」「あなたが死んだら私は悲しいのだ」ということを言われると、おれは死んではいけない、と思う。

名前:あいこ 日付:9月10日(木) 0時34分
あとね、俺は基地外だから。他人が自分を本当に心配してくれているのに、それに対して陰湿なやり方で攻撃するんだ。人を愛するということが、その人が俺のことを好きでいてくれているということが、いかに事実ではない、その人の勝手で傲慢な、親切のお仕着せの思い込みによるものであるかを、俺はいちいち説得して、その人を黙らせるんだ。

名前:あいこ 日付:9月10日(木) 12時24分
自分は、まだ血の通っていた時の自分を残していたいと思う。そのために、自分は、何も、取らない。

名前:あいこ 日付:9月10日(木) 16時16分
病院行ってたんですけど、次の診察一ヶ月先とか言うし、なんか病院行ってる意味というか、自分が病院に何を求めているのかがワカランチンなので、キャンセルしました。だからいまはフリー。でも、病院へ行かないことで、何が得られるか、何が変わるのかって、分からないんですけど。でも、あのまま毎日続いていくのは、意味があるのかって。もちろん、毎日微妙な変化はあるのでしょうけれど…なんか、自分のしていること、すべて無意味に思えるので、キャンセルしようが、すまいが、どちらでも同じなんじゃないかなーって。だから、病院があんまり意味のあるものだと思えなくても、キャンセルしたりしないでいたんだけど。わざわざキャンセルすることないかなーって。でも、死にそうなんで、病院行ってる方が楽だ、ってんなら、病院に行きたいとか、キャンセルしたくないって思うでしょうけれど、分からんのですよ。何かが見えてくるというか、「こうしたい」というような、ものが見えてくるまで、じっとしていようと、していたんだけど、わざわざ待ってる必要あるのかなーって。本当に見えてくるの?だから、別に、病院キャンセルしたいと思っていたわけではないけれど、でも別に行きたいと思っているわけでもないよなーって。だから辞めたの。それに、行きたいんだったら、またそのうち行きたいって気持ちが出てくるでしょ。出てこないんだったら、別に行きたくないってことだから、行かなくってもいいし、惰性で行っててもしょうがないもんね。行っている理由が分からなくなったら、一度、行くのを辞めてみる。そうすることで、自分がそれを本当に求めているのかが、分かるでしょ。自分の気持ちがね。要は、自分が何を望んでいるのか、ということだから。俺にとっては、生きることは、自分が何を望んでいるのか、を常に探し続ける、感じ続けることだから。それ(探すこと)を邪魔する要素は、生きることを邪魔するものでしかない。だれにとっても、「生きること」がいちばん重要なのであって、ぼくにとっては、それは、自分にとって、何がいちばん重要なのか、を常に探し続けることでもあるんだな。探すというか、感じるというか。

名前:あいこ 日付:9月10日(木) 16時51分
ごく私的なことを書いてしまえば、自分の意志というものが問題になっている中で(つまり、自分が何を求めているのかということを探っている最中に)、家族によって、ある医者への通院を勧められたんですね。それで、行ってやった。行けば安心するだろ。それで、散々な目に遭った。それ以来、自分の意志というものを取り戻そうという力が、弱くなってしまったように感じているのです。家族の意志に従ってやったから。自分は、自分の意志を取り戻そうとしているのだということを忘れてしまった。ただ、流されるように、日々を過ごすだけになり、くすりを飲まされたりして、主体性というものが、いままででいちばん失われていた。

家族は、病院へ行くのを勧めはしても、病院へ行くということがどういうことなのか、治療とは何か、俺の中にどのような病理があると認められるのか、それらは病院へ行き、医学的な介入によって改善できると言い切ることが出来るのか、出来ると思うのならその根拠を挙げることは出来るのか、出来ないのなら何故勧めるのか、それらについて俺に一切説明しないまま、ただ俺に医者へ行けと勧めていたのだった。

俺は、他人が、何の根拠もなしに、自分に対して病院へ行くべきであると勧めたり、また、それが正しいと信じているなどとは思いもしなかった。他人に、それも重要な事柄を勧める場合、それなりの根拠、知識があってするものであると思っていた。俺は他人を信じていたのだろう。しかし、他人と話せば話すほど、その他人が明確な考え、最低限必要な知識も持たずに、意見をしていたのだということが分かってくる。(人は)分からないことに対しては、口を閉ざさなければならない。それは、誰にとっても当然のことであると、俺は思っていた。しかし、すべての人間がそう思っているわけではないようだ。多くの人間は、自分がよく知りもしないことに対してほど、喋りたがるものなのだ。「世界が自明である」と考えている人間ほど(実際は「考える」までは至らず、無自覚に信じているだけなのだが)、俺にとって脅威的なものはない。「人間は愚かなのだ」、そのことを、俺は常に意識していなければならない。

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2012/02/20 (Mon) 09.9月6日(日)~9月8日(火)

名前:あいこ 日付:9月6日(日) 0時5分
今日あったこと。ヤフーオークションで買った服が届いた。割と「高い」服を安く買った。喜ばしくあった。

昨日書いた、高木郁乃という女性の歌手のCDを二枚買った。

期待した。何かを買って、それに期待をするのは、本当に久し振りのことだ。多少なりとも、自分にとって重みを持っていた。

しかし、自分は、根本的に、無感覚。「何も」感じない。いまの自分は、「すべては無意味である」という認識の中で、どれだけのものを探すことが出来るか、何が出来るか、ということに取り組んでいるだけである。無意味な世界の中に、意味のあるものを探そうと努めている。しかし、無意味は、無意味。

無感覚、何も聞こえない、胸が、酸のようなもので、焼ける。

痛々しく、生々しい。しかし、無感覚。痛くはない。リアルではない、虚構の、痛さ、生々しさ。

しかし、自分のいまの感覚は、信じていない。感覚というか、感覚によって知覚され、思考される、この世界すべて。自分を信じていないし、他者を信じていないし、世界を信じていない。自分は、感情を持たない、真っ暗な中で、映し出される世界を受動的に、見ているのか見ていないのか、ただ、身体はこの世界に存在しているようだ。それは俺自身よりも、俺の姿を知覚している他者である家族など、の人たちの方が、よりよく認識している。俺は、いない。しかし、家族にとっては、俺は、いる。亡霊か?

名前:あいこ 日付:9月6日(日) 0時8分
高橋源一郎の小説は、どの一ページを読んでも、悲しく、なる。血と涙に。

アイコのライブのファンクラブの先行予約の受付が終了していた。もっと先だと思っていた。さっき見たら締め切りが9月1日と書いてあった。死にたくなった。切り離されたように感じた。何を失ったのか、失ったものの形さえ分からない。「だろう」ものでしかない。失うことは間違ったことだ。それだけは分かる。

いつも、「これで最後」だと思っている。ある店で昼ごはんを食べるにしても、「この店で昼ごはんを食べるのは最後だろう」とか思うので、決断が重くなる。最後なのだから、何を食べるのかを決定することが重大なことになってくる。「明日もここを訪れるのだ」ということが分かっていれば、そういう恐怖は感じないで済む。しかし、どういうわけか、続かないのだ。

名前:あいこ 日付:9月6日(日) 18時5分
もう無理っぽいんだけど(笑)
でも、もう無理にしても、なんでこういう事態に陥ったのかを理解してから死にたいな。理解しないままではね。

名前:あいこ 日付:9月6日(日) 20時31分
11月3日(土)14:07
*゜∀゜)ノこんにちは!
ビジ英のユンです。

先週(10/27)来なかったんだよね。宿題があったからメールするね。(遅くなってごめんなさい↓↓うっかりしてました↓↓)

宿題は…
先週(10/27)1人に1質問が配られて、その答えをまず来週(11/13)に先生とのインタビュー形式で答える。で、再来週(11/20)にまたその答えを皆の前で発表するの。答えは2-3分で良いらしいよ。


先週来なかった人が3人で、質問を3つ配られたんだけど、3人にランダムに送るね。

では、質問です。

What advice would you give to a visitor from overseas who is making a presentation to your company?


何か分かんないことがあったらメールしてね

名前:あいこ 日付:9月6日(日) 22時58分
ごめんなさいごめんなさいごめんなさい

名前:あいこ 日付:9月8日(火) 22時56分
8月16日(日)15:02
美しいというようなことでもないのかもしれないな。例えば、人を愛することは美しいと言ったところで、それはその人が勝手に「美しい」と言っているだけで、愛するという能力は人間が生物学的に生き残るために生来的に身に付けているだけのものでしょう。ただ、愛する能力に障害をきたした人なんかは、愛するということに憧れるというか執着するだろうし、それは別に美しいから執着しているわけではなくて、もっとシンプルに生物学的なものであるわけです。

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2012/02/20 (Mon) 09.8月28日(金)~9月4日(金)

名前:あいこ 日付:8月28日(金) 1時32分
俺もね、そろそろ次の段階へ行くよ。この実験は終わりだ。俺は常に実験しているんでね(笑)。それも、普通は手を出さないようなことを、自分の身を供して、自分自身が実験体であり、同時に観察者であろうとしているわけだ(笑)。

得るものはあったのかというと、とても少なかったように思うよ(笑)。寄り道にもほどがあるというかね(笑)。何ヶ月もかけてね(笑)、生身でね、被験者(笑)。

今回の実験は、生きることから遠ざかる種類の実験だったから、とても危険だった。しかし、分かったのは、俺は生きることからあんまり長い間遠ざかってもいられないということだな。

だからもう充分だ。俺は自分の生活に戻る。現実の生活にね。

名前:あいこ 日付:8月28日(金) 22時55分
死ねば早いんだよね本当に

名前:あいこ 日付:8月29日(土) 0時7分
医☆原☆病

名前:あいこ 日付:8月29日(土) 0時45分
何を信じたらいい?生きていると感じられること。「私は生きている」と。

名前:あいこ 日付:8月30日(日) 16時52分
コンビニで焼き鳥などを買うにしても、誰から買うかによってその焼き鳥の持つ意味合いが変わってくる。今日、近所のセブンイレブンに行って、見たことのない金髪の主婦っぽいかわいい店員がいた。「新しく入った人かな」と思った。焼き鳥を買った。名前を見たら「みま」と書いてあった。この「みま」さんは、俺が去年の五月頃から恋している人だ。髪型(というか色)が変わったんだな。指輪はしていない。年齢は20代後半から30代前半だろう。久し振りに見た。半年振りくらい?

名前:あいこ 日付:8月30日(日) 20時56分
弁証法的とは、つまりアプラクサスのことである。

いまいる場所は価値がない。新しい場所のみが正しいのだ。新しい場所にたどり着いたとき、私は自分の過去にいた場所をも肯定することが出来るだろう。

名前:あいこ 日付:8月31日(月) 8時43分
目覚ましは九時に設定した。いろんな夢も見た。けれど、「少なくとも九時は過ぎていないんです」。

名前:あいこ 日付:8月31日(月) 17時25分
私の痛みがあなたの叫び声なのか
分からない 同じように響いてくるから

名前:あいこ 日付:9月1日(火) 1時8分
昔からずっと、救いのようなものを求めていた。いま、自分の過去を振り返ると、俺のやっていたことは間違っていたのかも知れない、とも思う。どこで間違えたんだろうな。その過程で、何かを決定的に失ったように思う。ずっと、過去を振り返る余裕なんてなかったし、助かる方法しか考えてなかった。いま改めて過去を振り返ると、過去はすべてクソだと思っていたが、いとおしいものにも思えてきた。しかし、それは物事の一面しか捉えていない。いまだって、昔だって、変わらずに、世界は墨で塗ったような闇だった。でもこれでもね、いまの自分の方が好きだよ。昔よりはね。周りには誰もいないけどね。いまなら昔は分からなかったことも、いくらか分かるようにはなったしね。

名前:あいこ 日付:9月1日(火) 18時24分
自分の状態を表すとき、shrink という言葉が浮かんだ。縮む。外に向かうのではなく、縮む。縮んで、姿さえなくなる。赤い繭のように。辞書でshrink の意味を引いてみたら、「精神科医」とも書かれていた。医者に説明する機会があったら、自分:shrink 縮む と書き加えねばならないだろう。

名前:あいこ 日付:9月1日(火) 19時43分
ロリータファッションが入っていて(黒と白が基調)、白地に黒の「時計仕掛けのオレンジ」プリントティーシャツ。たすきがけの黒のショルダーバッグ。透けて見えるブラジャーのカップ(白のブラジャー)。黒髪、後ろで一つに短く縛っている(5~6センチ)。縛った髪の毛の先端2センチほどは金とシルバーが混ざったような色に染まっている。黒のアイラインが強く、ぶすっとした表情。胸がどきどきした。セックスがしたいと思った。付き合いたいと思った。それは、この女の子の中に「私はひとりだ」というような孤独をかぎとったからかも知れない。それというのも、私が愛というものを根本的に信じていないからだろう。

名前:あいこ 日付:9月2日(水) 13時19分
なんだろう?この感じは。

名前:あいこ 日付:9月2日(水) 13時20分
懐かしい感じがするな。

名前:あいこ 日付:9月2日(水) 13時21分
懐かしい感じが。

名前:あいこ 日付:9月2日(水) 16時7分
河童みたいな髪型にされました(笑)
嫌なので自分で切りました(笑)
もっと酷くなりました(笑)
背信行為(笑)
死にたい(笑)

名前:あいこ 日付:9月3日(木) 18時6分
人間らしさのようなものに触れると、その人のことが愛しくなり、胸が苦しくなる。

名前:あいこ 日付:9月3日(木) 18時7分
自分も「そちら側」へ行きたいと願っていた。

名前:あいこ 日付:9月4日(金) 0時39分
アイコの音楽はいうまでもなく、ユニコーンの音楽は、「人生は無意味である、しかし無意味である故に美しい」ということを教えてくれる。この、何もない世界に生きることの、悲しさを。

名前:あいこ 日付:9月4日(金) 1時7分
きれいなものが好きだ。きれいなものを見ていたい。きれいなものを見ていない。きれいな人を見ていたい。きれいな世界を生きていたい。
http://www.youtube.com/watch?v=lDaMXjD6jRg

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2012/02/20 (Mon) 09.8月22日(土)~8月27日(木)

名前:あいこ 日付:8月22日(土) 12時56分
67万円の本。俺この本中学のとき読んでたんだけどね。かなりインスパイアーされた。いい本だよ。
http://www.amazon.co.jp/gp/product/4810832570/sr=1-18/qid=1250912588/ref=olp_product_details?ie=UTF8&me=&qid=1250912588&sr=1-18&seller=

名前:あいこ 日付:8月22日(土) 13時4分
こっちも同じ本なんだけど。バンドに対する憧れとか、楽器とかレンタルスタジオとか、本物のドラムセットに対する憧れ、でかい音でアンプで音を出せることの気持ちよさとか、そういう憧れというか夢というかを刺激してくれるいい本だったよ。この頃はレンタルスタジオに入るたびにわくわくしてた。
http://www.amazon.co.jp/gp/product/4810830497/sr=8-1/qid=1236408562/ref=olp_product_details?ie=UTF8&me=&qid=1236408562&sr=8-1&seller=

名前:あいこ 日付:8月22日(土) 20時16分
ある意味で、世界最高のドラマーじゃないのか。エルヴィンジョーンズやブライアンブレイドのようだとも言うことが出来るけど、この人のシンバルの音はもっと激しくて攻撃的だしな。エルヴィンやブライアンブレイドは全然攻撃的だとは思わないし。シンバルの音がね。もっと透明でしょ。けど、この人のシンバルの音はもっとマッシブで攻撃的でしょ。このシンバルの音だけで、この人はジャズだとも思うけど。誰に似てるっけなあ。
http://www.youtube.com/watch?v=wi-ezrWohOQ&feature=related

名前:あいこ 日付:8月23日(日) 20時41分
俺が助けを求めることが出来なくなれば、その時は本当に俺が人間として死んだ時だろう。そしてその時は近づいている。

名前:あいこ 日付:8月24日(月) 13時43分
好きなもの:テニスやってる女の子のストレートな髪のティーシャツのおっぱい具合

名前:あいこ 日付:8月24日(月) 21時19分
終わった人生が延長する

名前:あいこ 日付:8月24日(月) 22時44分
「私は何か?」とは、すなわち私は何を信用しているのかということである。

私が信用しているもの、それが私である。

名前:あいこ 日付:8月25日(火) 10時19分
生還

名前:あいこ 日付:8月25日(火) 10時31分
295 :優しい名無しさん:2009/08/23(日) 22:01:53 ID:5dSS1v+7
私はパキ飲んでから無感情になりました。
忘年会で笑えよって言われて自覚。
10年以上泣いていない。
風呂が面倒。
テレビが楽しくない。
いいとこで外食したいと思わなくなった。
じいちゃんばあちゃん親戚の死別でも泣かず。
眠ったまま朝起きる事がなければと願う。
怒りはある。

名前:あいこ 日付:8月25日(火) 14時9分
自分のむき出しになった筋肉が花弁のように咲いている。負荷が肩にかかり、頭の上にもやもやとした黒い雲。

名前:あいこ 日付:8月26日(水) 17時14分
まったくの無音の音楽があればいいのに、それなのにどの音楽を「聴いても」音が出てやがる。音を介さないで喜びのようなものが伝わればいいのに。

名前:あいこ 日付:8月26日(水) 19時8分
だってさ、何を問題にしているか分からないと言っているのに、なんですぐに答えを求めようとしてきて、安易に抗精神病薬なんかを出すのかなあ…?頼んでないでしょう?

名前:あいこ 日付:8月26日(水) 20時44分
私がなんなのか、分からなくても、この世界が美しければいいのだろうか?分からないよ!

名前:あいこ 日付:8月26日(水) 22時45分
今日の一枚。

Chelsea Girl / Nico
http://www.amazon.co.jp/Chelsea-Girl-Nico/dp/B000001FOL/ref=sr_1_1?ie=UTF8&s=music&qid=1251293099&sr=1-1

名前:あいこ 日付:8月27日(木) 13時7分
296 :優しい名無しさん:2009/08/24(月) 00:56:42 ID:ndboL00y
>>295
うつで哀の感情しかなかった、突然の号泣とか
底知れぬ不安とか、、、、バキ飲みだしてそんな
症状はなくなったが他の感情が戻ったわけじゃなく
平らな感情になった、映画を観てる気分で街を歩く
目がガラスのレンズになった気分、何も感じない。
世の中の出来事に参加出来ない感じがする。

名前:あいこ 日付:8月27日(木) 19時30分
ぼくは医療というものを誤解していたのだと思う。ぼくにとっては、医療にまったく関わらない方が、ぼくの人生は実りのあるものになるのだろう。

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2012/02/20 (Mon) 09.8月15日(土)~8月22日(土)

名前:あいこ 日付:8月15日(土) 0時6分
あなたに勧めた本、実は私は全然好きじゃないのよ。
私は、あなたの読む本が、いちばん好き。

名前:あいこ 日付:8月15日(土) 22時1分
あなたの見ているものと、俺の見ているものは違う。

あなたと俺は、向かい合い、二人で同じものを見ていることになっている。

しかし、あなたは、遥か彼方を見ている。俺も、別の遥か彼方を見ている。

あなたは土星を見ている。私は太陽を見ている。あなたと私は、「互いに向かい合っている」。

あなたは遥か彼方を見ている。私は別の遥か彼方を見ている。

あなたと私は、花瓶を挟んで、向かい合っている。

あなたは、花瓶にさされている花を見て、きれいだという。

私も、花瓶にさされている花を見て、きれいだという。

あなたは、遥か彼方を見ている。私とは別の、遥か彼方を見ている。

私たちが、こうして触れ合うことに何の意味がある?

私は、知らない。あなたは、知らない。

名前:あいこ 日付:8月16日(日) 1時1分
人が死ぬとき、その動機は「めんどくさくなった」程度のものなんでしょうね。「いま死ななければならない」とかいうようなものではなく、「まあ別にいま死んだって明日死んだって10年後に死んだってたいした違いはない」っていうような人が、最後は「なんとなく」死んでいくんでしょうね。

名前:あいこ 日付:8月16日(日) 16時53分
最近よく一人でサイゼリヤに行ってるんだけど、そこの店はハードバップが流れてるのね。ソニーロリンズとか、ホレスパーランとか、ソニークラークとかマイルスとか。でも、バド・パウエルのテンパス・フュージットという曲が流れた時はびびった。あれはBGM向きじゃないから、明らかに。ウンポコローコも流れるかもしれないな。

名前:あいこ 日付:8月16日(日) 17時35分
オスカーピーターソンのyou look good to me が流れた。昔よく聴いた。

名前:あいこ 日付:8月17日(月) 20時42分
俺にとって本当に意味のある音楽は、一曲か、せいぜい2曲くらいしかない。それは一生変わらないのかもしれないな。俺は、それらの曲以外は、その人の音楽以外は、最初から意味のないものとして聴く。少なくとも、そこに何かいいものがあることを期待はしない。

名前:あいこ 日付:8月18日(火) 1時21分
「重要なのは、私にとって真理であるような真理を見出すこと、私がそのために生き、かつ死ぬことを願うような理念を見出すことである。いわゆる客観的真理を私が発見したとしても、それが私にとって何の役に立つというのか。」キルケゴール『日記』

名前:あいこ 日付:8月18日(火) 18時15分
新しい病院で、エビリファイに続き、ジプレキサが処方されました。薬によってその人が駄目になっていく例はたくさんあると聞きます。両方とも、非定型抗精神病薬というごっつい薬です。弱い薬であるソラナックスという薬ですら、飲むのに抵抗を感じていたので、抵抗は大きいです。

名前:あいこ 日付:8月18日(火) 22時57分
経験って何。俺経験してないんですけど。苦しい思いをすれば経験として生きるって?馬鹿か?苦しい思いをすればね、人は磨り減り、更に孤独になって死んでいくんだよ。

名前:あいこ 日付:8月20日(木) 18時17分
世界が美しすぎワロタwwwwwwww

名前:あいこ 日付:8月20日(木) 23時42分
君は、私のことが判らないということを思い知ったときに初めて、
私に共感するのだろう。

名前:あいこ 日付:8月21日(金) 15時3分
「人間としての」感情

名前:あいこ 日付:8月21日(金) 22時29分
これはなかなかかっこいいと思います。初期のディープパープル。
一応ビートルズのカバーなんだけどね。
http://www.youtube.com/watch?v=Er-hCn-DD-o&feature=related

名前:あいこ 日付:8月21日(金) 22時33分
この曲では、まだディープパープルに入る前の、無名時代のジョン・ロードが後ろでキーボードを弾いている。ヒット曲だけど、俺は別にそんなに好きじゃない。
http://www.youtube.com/watch?v=jotsFVJPHIk

名前:あいこ 日付:8月22日(土) 1時15分
この曲では、まだディープパープルに入る前の、無名時代のジョン・ロードが後ろでキーボードを弾いている。ヒット曲だけど、俺は別にそんなに好きじゃない。
http://www.youtube.com/watch?v=jotsFVJPHIk

名前:あいこ 日付:8月22日(土) 1時15分
なんで未だにこんなに胸が締め付けられるの

名前:あいこ 日付:8月22日(土) 1時32分
人間ってさ、人間によって守られているというか助けられているんだよね。知らなかったというかずっと忘れてた。

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2012/02/19 (Sun) 09.8月9日(日)~8月13日(木)

名前:あいこ 日付:8月9日(日) 10時36分
もうだめぽ

名前:あいこ 日付:8月9日(日) 23時27分
ミクシーなんかでかわいいっぽい女の子を見て
プロフィールとか見てみると、だいたいきまって
オタクでメンヘラで2ちゃんねらーで、ビジュアル系好きなことが
多いんだよな。

「友達を作る必要性を感じない」とか、メイド喫茶に行ってますとか
ラルクのハイドかっこいいですとか。まあトップ画像に自分の顔を
うpしてる時点で、メンヘラ寄りなんだろうけどさ。
どうせ俺の好きになる女はメンヘラ女だよ。

名前:あいこ 日付:8月12日(水) 1時29分
ライブ行ってきた。俺の二列前にほっしゃん。がいた。あと
俺の近くの席にKANもいたらしい。終わり。

名前:あいこ 日付:8月13日(木) 0時15分
いちばん嘘くさい言葉
「失うものが多ければ得るものも多い」

名前:あいこ 日付:8月13日(木) 0時21分
8月12日(水)5:12
自分が死ぬ時に手を繋いでいたいと思える人。それが自分の信じる人。


名前:あいこ 日付:8月13日(木) 0時28分
8月12日(水)23:14
死んでいく人ってね、黙って死んでいくんだよ。話す意志があるのなら、まだ大丈夫。
俺は死ぬ時には、「結局あなたたちとは分かり合うことが出来ませんでした」と言って死ぬよ。

名前:あいこ 日付:8月13日(木) 0時33分
8月12日(水)23:35
さっきファミリーマートで、ティラミスやらバナナオレやらレモンジュースやらタピオカココナッツ汁などを買ったとき、レジのおっさんに「足の長いスプーン入れておきますね、このティラミスは底が深いから」と言われ、店を出たとき、何故か急に涙がぶわって溢れだして、「このことはずっと忘れないでいたい」と思った。ちょうど、「これ以上(生き続けるのは)は無理かな」なんて思ってたので。

名前:あいこ 日付:8月13日(木) 2時15分
そういえば、俺はもう長いこと何もやっていないな。まあ何もやっていないっていうのは、人と関わってないってことなんだろうけど。人と関係を持つっての、もう一年以上、ゼロだから。なんでだっけな。

あーそうだ、バランス狂ったりして、バランスを取り戻すことだけを考えていたりしたんだよ。人と関わるとか、そんな余裕ないし、眼中になかった。まあ未だにバランスなんて戻っていないんだけどね。

それで、これから先も俺は何もしないんだろうなーって思う。っていうか、おれ毎日何をして過ごしているんだ?

名前:あいこ 日付:8月13日(木) 2時32分
人間として機能してないんですけど。どうしたら人間として機能するんですか?

名前:あいこ 日付:8月13日(木) 21時6分
一日とは、一センチの紙切れだ。一日を過ごすことは、紙切れを一センチちぎるようなものであると感じている。間違って2センチちぎったりね。どっちにしろたいした違いはない。一日を過ごすというのは、そのような工場制手工業なのだ。今日も俺は、一センチ、紙をちぎった。

名前:あいこ 日付:8月13日(木) 21時14分
いいですか、「何をしても死なない」というのは、嘘ですよ。

人は、簡単に、自らを、殺しうる。自分では気付かずに、気がついたら既に、死が目前にある。気付かずに、自ら、努力して、死へと自らを近づけていたのだ。

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2012/02/19 (Sun) 09.8月1日(土)~8月7日(金)

名前:あいこ 日付:8月1日(土) 3時19分
あんまり長い間つらい目に会った人間は意地悪になってしまう。もちろん意地悪にならない人間だっている。多分それは頭がいかれてしまったからだ。わたしみたいに。

名前:あいこ 日付:8月2日(日) 15時38分
外的事実を選ぶのは私の理性であって、私の心の在り方自体は変わるものではないのだ。例えば、日本人である私が海外へ行けば、私は異邦人であるけれども、日本にいようが海外にいようが、私が日本人であることに変わりはない。

つまり、私は自分が日本人であることを忘れてはならないと思っている。

名前:あいこ 日付:8月4日(火) 2時14分
          _____
        /        \
      / /・\  /・\ \
      |    ̄ ̄    ̄ ̄   |
      |    (_人_)     |
      |     \   |     |
      \     \_|    /

名前:あいこ 日付:8月4日(火) 19時10分
お塩先生語録ってすごいね。イングヴェイのインタビューみたいだ。
イングヴェイは実績を残しているし、ある意味では間違いなく
評価されるべきギタリストではあると思うけど。

名前:あいこ 日付:8月4日(火) 23時20分
ロックってのは、死ぬことが出来ないから生きている、そんな人間に何が出来るか、ということではないのか?
http://www.youtube.com/watch?v=acQycPRNpFU&feature=related

名前:あいこ 日付:8月4日(火) 23時27分
これなんかいい曲なんじゃないですか。メロデスの代表曲といっていいでしょう。
http://www.youtube.com/watch?gl=JP&hl=ja&v=A_vklpRGW30

名前:あいこ 日付:8月5日(水) 1時1分
あと、これなんかも言うまでもなくメロデスの代表曲です。
初期のアーク・エネミーというのは、伝説です。
アーク・エネミーはボーカルがヨハン・リーヴァだったからよかったのです。
なんとも言えない、明るいところの音楽という感じがしないところがよかったのだけど。「いけない音楽」というか、文句なしにかっこよかった。このようなかっこよさは、下に挙げたようなイン・フレイムスにはない。

あと、この曲は俺も昔バンドでやりました。ギターボーカルで。
http://www.youtube.com/watch?v=77NK4aPayIU

名前:あいこ 日付:8月7日(金) 0時48分
あるとき、ある音楽を聴く必要性のようなものを感じ、聴いてみたら、その音楽の音に食い入るように聴き入った。マイルス・デイビスのトランペットの音。何故かは分からないが、その瞬間の自分は、マイルスのその演奏を聴くことが、救いになっていたのだと思う。その音楽は、闇の中で、傷を負い、しかし生々しく、叫んでいた。闇の中には、そのトランペットの音以外に何もなかった。俺はいま闇の中にいるのだと思った。宇宙のような闇、マイルス・デイビスのトランペット。リアルな闇だった。真っ暗な闇だった。生々しい痛みだった。ドラムに触っていない間は地獄だった。ドラムに触っている間だけ、地獄から逃れることが出来た。

名前:あいこ 日付:8月7日(金) 1時12分
そして俺が求めているものはまさしく「現実」なのだ

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2012/02/19 (Sun) 09.7月18日(土)~7月30日(木)

名前:あいこ 日付:7月18日(土) 21時9分
一日一日過去に戻っていくのであればいい

名前:あいこ 日付:7月18日(土) 22時24分
自分よりも遥かに馬鹿な人間によって人生を壊されたんだけど。というか、馬鹿だから他人の人生を破壊することが出来たんだけど。

名前:あいこ 日付:7月19日(日) 0時44分
俺はユングの本を読んだことはないし読もうとも思わないが、アイコはユング派だったのだと思う。少なくとも俺にとっては、アイコはユング派のセラピストだったのだと思う。まあ、単純に俺もアイコもスキゾタイパルで、たまたま経験的にも共有するものを多く持っていると少なくとも俺には感じられたので、「セラピー」として機能したのだろう(少なくとも、俺は精神医学的な意味での「治癒」を求めてはいないので、そうなると俺が求めているのは病気の定義から外れることではなく、「癒し」であって、それを実現するのは「医者」ではなく、「人間」である。つまり、「医者としての能力」ではなく、「人間としての経験の共有の有無」が、重要になる。そういう意味で、俺の最も求めている「治療者」は、アイコであるわけだ。そういえば、2月ごろに「俺を癒すのは医者ではなく、アイコだ」と考えていたな。医者は、ただ侵入的な他者にしか感じられなかった。登場人物ではないのだ。しかし、俺を癒すのは医者ではなく、アイコであるということは、アイコに出会った頃から分かっていたはずだ。だから、俺はアイコに向かっていったんだろう。そして、アイコは俺にとってユング派のセラピストだったわけだ)。

名前:あいこ 日付:7月21日(火) 1時58分
ああっ、もうダメッ!
ぁあ…とんち出るっ、とんち出ますうっ!!
ポッ、ポクッ、ポクポクポクチーンーーーーーッッッ!!!
いやああああっっっ!!とんち見ないで、お願いぃぃぃっっっ!!!
将軍様っ!義満ーーーーーーっっっ…金閣っ!
屏風の虎ぁああああーーーーーーーーっっっっっっ!!!!
新右衛門んんーーーーっっっ!!!わっ、割れっ、割れアゴォォォッッ!!!
桔梗屋っっ!!桔梗屋っっ、さよちゃんっっ!!!
おおっ!橋っ!!この橋っ、わたっ、渡るべからずっっ!!!
真ん中歩くの見てぇっ、ああっ、もうダメッ!!母上様ーーーーっっっ!!!
水飴ぇっ!掛け軸!和尚様の水飴掛け軸水飴ぇぇぇぇぇぇっっっっっ!!!!
いやぁぁっ!一休、こんなにいっぱいとんち出してるゥゥッ!

名前:あいこ 日付:7月24日(金) 8時33分
器用に生きてる奴全員死ねよ

名前:あいこ 日付:7月24日(金) 8時35分
とりあえず「私はこんなにいろんな本を読んでいるんですよー、いろんなアートに触れているんですよー」って奴は全員死ね。俺は本すら読めねーっつーの。音楽も聴けねーっつーの。

名前:あいこ 日付:7月24日(金) 8時48分
あと、くるりとかゆら帝とかコーネリアスとかキリンジとかクラムボンとかポリシックスとか電グルとかフリッパーズギターとかナンバーガールとか聴いて調子に乗ってる奴は全員死ね。「カルチャー」として音楽を聴いてる奴は全員死ね。

名前:あいこ 日付:7月25日(土) 15時36分
幸せ、とは?それは、不幸な人間をさげすむこと。

名前:あいこ 日付:7月27日(月) 2時21分
最高の口説き文句を思いついた。

「君の写真を見ていたら、ちんこに触ってもいないのに射精してしまった。それもとても激しく。」

この文句に感動する女は相当にセンスがあると思う。

名前:あいこ 日付:7月29日(水) 23時23分
久し振りにごきぶりに遭遇した。いきなり俺の足のつま先にいた。びびって踏みそうになった。殺虫剤やると逃げるんだけど、逃げている間、本とかビデオテープの上とかをごきぶりが通過するわけよ。さいわい、大切なものの上をごきぶりが通過することはなかったけど。グレン・グールドのビデオの上を思い切りかさかさしてたな。あと、ちびまる子ちゃんの録画のDVDR。あと何故かドイツ語の教科書。表紙の上だかを這ってたよ。一応ティッシュで拭けるだけ拭いたけどさあ。

でも、大切なものをごきぶりが這ったら、もう駄目だよね。普通はどうしてるのだろう?俺は、自分の大切なものは、頬ずりしたり、キスしたりするわけ。そんな汚いものが這ったりしたら、キスなんて出来なくなるじゃん。

でも、俺のいま暮らしている家は、ごきぶりがいままで殆ど出なかったのね。10年前くらいに建てたんだけど、初めてごきぶりが出たのは2年前くらいじゃないか。それ以来、2・3回しかごきぶり、出てないんじゃないの。

普通の家はもう少し頻繁に出るものだと思うけど、自分の大切なものがごきぶりによって汚されるかどうかは運任せなのだろうか?例えば、自分のすごく大切にしている、写真集があるとするでしょう。グラドルかなんかの。毎日、それを抱きながら眠り、頬ずりをし、キスをし、オナニーをする。例えば、一ヶ月に一回くらい、ごきぶりに遭遇するような家だったら、その写真集の裏側からごきぶりが現れたりする危険性を想定したりもするわけでしょう。そういう人はどのように対処しているのだろう?

実際に、ごきぶりが、自分が毎日、接吻まみれにしているその写真集に接触した場合、その人はそれ以後に、その写真集とどのように接するようになるのだろう?以前のように接吻まみれにしたり、むちゅむちゅと音を立て、頬ずりをしながらオナニーをし、果てた後は呼吸が収まるのを待ちながら、自分のむき出されたケツの汗ばみがシーツを濡らしている心地よさと共に、その写真集を胸に抱き、再び接吻まみれにし、「永遠の隔絶」と、「精神的一体化への憧憬」の中に、眠ることは出来るのだろうか?それとも、買いなおすのだろうか?ガラスケースの中にでも入れておかなければならないのだろうかね。

名前:あいこ 日付:7月30日(木) 22時4分
いま出ている「マンガ・エロティクス・エフ」の新人の漫画がとても素晴らしいと思った。というか、ベタな言い回しだけど、「生きていていいのかな」と思った。「生きろ!モリタ」という漫画です。「童貞ヘタレ男モリタ。SMに憧れ、勇気を出して出会い系に登録してみると…!?」

漫画として優れていると言いたいのではない。ただ、通りすがりの人に、優しくされた時に感じた時と同じような、あたたかさのようなものを感じた。

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2012/02/17 (Fri) 09.7月13日(月)~7月13日(月)

名前:あいこ 日付:7月13日(月) 1時49分
俺の口はガムテープで塞がれている。助けを求める声も、今の俺の口からは出てこない。

結局、俺はいかに生きるかということしか考えていなかったし、どのような意味でも治療なんて求めていなかった。俺の人格の問題なんだから。なのに、俺を治療しようとしてくる奴が現れて、そいつのしたことは何か?俺が自分の求めているものに向かっていくのを阻害することであり、俺の大切にしている価値観を破壊することであり、俺の人格を破壊することだった。もともと俺は治療を求めてなんかいなかったんだから。

俺が問題にしているのは一つだけだな。自分を取り戻すことだ。いまの俺には人格がない。自分がない。いまここに書いているのだって、書きたいという意欲から書いているわけではなくて、自分の記憶から自分の過去に考えたことを引っ張り出して並べているだけだ。いまの俺に、考える能力はない。過去に何があったのかという漠然とした記憶があるだけだ。カレンダーとは関係のないところにいるのだろう。いまが2009年だろうが2069年だろうが俺には同じことだ。ただ、一秒がとても長い。だから一秒が早く過ぎてくれるように色々と誤魔化す。もちろん何もやりたいことなどない。だから意味もなく何かを食ったり、インターネットでメンタル系のサイトを見たり、盗撮の掲示板を見てなんとなくオナニーをしている。何かを感じるという能力は今の俺にはない。これが時間でなければいい。目をつぶり、時間のないところに行ければいい。目をつぶったって時間は過ぎてくれない。そうして眠れたところで同じ一日、終わりがない。不安も痛みも喜びも悲しみも何もない。一切の感情がない。自分がいない。目をつぶれば世界はない。音もなく、時間もなくなればいい。そうすれば一秒をやり過ごすことを考えずに済む。

時間というものがない。俺は過去に自分が考えたことを記憶として頭の中に持っている。それを並べ立てることで一応話しているようには見える。しかしそれはもう過去のことだ。俺にはもう現在がない。いくら日々を過ごしても、俺には時間は過ぎないだろう。時間はもうどこかで止まっている。

現在がない。飽くまで「一日を過ごした」という既成事実のみが延々と積み重ねられていく。「一ヶ月を過ごした」「半年を過ごした」それはカレンダーを見て分かることであり、ただの数値である。俺にとっての現実とは?俺にとっての現実とは、一日も一ヶ月も半年もみな同じだ。

名前:あいこ 日付:7月13日(月) 2時1分
そうして、口の塞がれた人間が何も話したいことなんてないのに、適当に言葉を並べたてても、説得力なんてあるわけがない。読み返してみてもただ軽薄なだけであり、何も伝わるものがない。本人が本当に感じていることを書いてはいないのだということがとてもよく分かる。生命というものがまるでない。当たり前だ。俺という人間が死んでいるのだから。ならば、何も書かなければいい。黙って死ぬのを待っていればいいだろう。どのみち俺は何も思っていることなんてないんだ。一秒を耐えることしか俺にはない。いますぐに死なない理由が分からない。なんであと5分も生きなきゃならないんだ?

何も思っていることなんてない。だから沈黙し、ただ一秒をやり過ごす。それを続けているだけだ。いつまで続くのか。

名前:あいこ 日付:7月13日(月) 2時6分
なんで寝なきゃならないのか?なんで起きていなければならないのか?なんで生きていなければならないのか?

分からない。眠るのがとても怖い。しかし起きているのも怖い。あと何時間俺は耐えなきゃならないのか?それはいつ終わるのか?せめて、時間が楽に過ぎていく方法が分かればいい。どのみち無意味なのだ。

名前:あいこ 日付:7月13日(月) 2時13分
そしてこうして書きたくもないことを書くことが、俺にとってダメージとなる。しかし、俺が一日の間にしていることと言えば、すべて自分を傷付ける行為でしかない。何をしてもそうなってしまうのだ。

名前:あいこ 日付:7月13日(月) 2時18分
俺は去年の七月に戻ることしか望んでいないのかも知れない。いまのこの世界は、「もしもボックス」的な世界であり、現実ではないと思っているのだろう。本当の現実は、フリーズしている。去年の七月に。この夢が嫌なら、自殺するしかない。現実に戻りたいというのなら、それは叶わないので、自殺するしかない。

名前:あいこ 日付:7月13日(月) 2時20分
俺はもう二度と涙を流さないだろう。俺はもう二度と自分の感情を感じ、表現することはないだろう。

名前:あいこ 日付:7月13日(月) 2時26分
そしていま俺が死ぬとすれば、絶望して死んだわけではない。何も望んでいないのだから。自分がかつて何を望んでいたのか、何を好きでいたのか、どのようなものを見ていたのかも思い出すことが出来ずに、もともと自分には何も望んでいたものなんてなかったのだ、と誤魔化されながら俺は死ぬのだろう。死ぬ時は何の心残りもないだろう。この世界に俺の心を寄せているものは何もないのだから。だから俺はとても簡単に死ぬことが出来るだろう。

名前:あいこ 日付:7月13日(月) 2時34分
死ねば早い

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2012/02/06 (Mon) 09.7月8日(水)~7月12日(日)

名前:あいこ 日付:7月8日(水) 3時49分
いろんなところをうろついて、あなたはもういなくなってしまったんじゃないかと思ってた。しかしあなたは同じところにいて、俺は変わらずにあなたのことが好きだった。

名前:あいこ 日付:7月8日(水) 21時12分
これからの人生、「人生は無意味なんだから、この世界にある何もかもが無意味なんだから、生きてたって死んだって変わりはないんだから、おまえらさっさと死ね」ということを触れて渡りたいと思います。この世に生き残ってまで手にする価値のあるものなんて何もないということを、子供たちに伝えたいと思います。

名前:あいこ 日付:7月8日(水) 21時18分
世界って、なんでこんなに空っぽなんですか?胸の中が寒い。

名前:あいこ 日付:7月9日(木) 3時6分
俺は愛されることは殆ど求めていない。俺は、自分の中に、何かに対する愛を感じることが、最も自分にとって幸せを感じられる。胸の中が暖かくなることが。胸の中が、その好きな人で満たされることが。胸の中にその人の存在を感じられていれば、俺は孤独ではないし、何かに対して優しくもなれるのだろう。

名前:あいこ 日付:7月9日(木) 17時58分
なんかおれ、古着着た女の子とちちくりあってればいいや。古着着た女の子と一日じゅうセックスしてちちくりあってれば何の不足もない気がしてきた。古着着た女の子はどうすれば手に入るんだろ。

名前:あいこ 日付:7月10日(金) 1時5分
時間がすぐに止まってしまう

名前:あいこ 日付:7月10日(金) 17時2分
何も言いたいことなんてない
突き詰めれば、生きていたくなんかない
何もない
言われたことをやってるだけ

名前:あいこ 日付:7月11日(土) 17時18分
まずは女の子の知り合いをいろんなところで増やすところからだな。いま一人もいないからな。やっぱアルバイトしかないのかな。どういう所で女の子と知り合えるんだ?アルバイトなりで女の子と友達になって、その人の友達をいろいろ紹介してもらうとか?女の子の知り合いが50人はいないと、自分の好きな感じの子に出会えないでしょ。街中ではしょっちゅうそういう子を見るんだけど。下手すると一日に三回恋するしな。声かけられれば最高なんだけど。街中でそういう子を見掛けた時にどうすれば声をかけられるのかを考えないといけないな。いきなり「好きです」とか。可能性ゼロじゃないでしょ。っていうか、そういうことやんないと一生好きな人と付き合えないだろ。俺の場合、短い茶髪の女の子で、少し大きめの白ティーシャツ着てて、スニーカーがカラフルな感じで、ティーシャツのおっぱいのふくらみが最高だったら、好きになる。

名前:あいこ 日付:7月11日(土) 23時49分
っていうか、本屋なんかで、いいと思う子を見つけると、ビジュアル系好きであることが多い気がする。pati pati とか読んでるの。シドとか、ラルクのハイドとかが好きって言う。Tシャツにスニーカーとか、全然ビジュアル系と関係なさそうに見えるんだけどね。

でも、そういう子が、「あたしはラルクのハイドとかが美形でかっこいいと思うけど、Kくんはもっとかっこいいと思う」なんて言ってくれたら、それはそれでいいかもな。俺は全然ビジュアル系の顔つきじゃないのに、つまり彼女の好みのジャンルではないのに、彼女を惹き付けてしまったという。それはきゅんとなる気がする。ガゼットのポスター貼ってあるそのTシャツ彼女の部屋でセックス。悪くないかも。

名前:あいこ 日付:7月12日(日) 22時30分
ところで、私は先月、セロクエルという薬を処方されました。これは、効きました。

この薬が効いている間は、

極度に落ち込んだり、不安になったり、逆に舞い上がったりするような気持ちのぶれがなくなり、

落ち着いた、平穏な心持ちになりました。

マイナス思考もなくなり、安定してちょっと平和で穏やかな気持ちを持続することができました。

今までの私には、味わったことがなかった感覚です。

普通の人って、こんな感じだったんだぁ、って思いました。

この薬があれば、私は、普通に暮らしていけるんじゃないかなって思いました。

私は確か、それを求めていたはずでした。

名前:あいこ 日付:7月12日(日) 22時31分
でも、なんていうのか、気持ちのぶれがなくなり、

不謹慎な表現かもしれませんが、なんかつまんないの、って思ってしまいました。

さらに、自分のエネルギー、活力、意欲がガクッとが減少してしまいました。

何より、自分が自分でなくなったように感じられました。これは、私じゃない。

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2012/02/06 (Mon) 09.7月6日(月)~7月7日(火)

名前:あいこ 日付:7月6日(月) 22時53分
ぼくは、中途半端にポジティブな自分が嫌いです。じゃあ自分の望む人になれたら?どんな人になりたいのだろう?ぼくはもともとポジティブだったか?ポジティブというより、自分の心を引き付けられるものを見つけたら、それに縋り付いているだけだったな…ひきつけてくれるものならなんだっていい。縋り付いていなければ、ただ空っぽに過ぎていくでしょう?それが怖いからね…いや、この一年?何をしていたっけ?縋り付いていたものなんてあった?なんかごちゃごちゃとしたものが自分の頭の上を通り過ぎて行っただけだったような…何か残った?残ってない。縋り付いてるもの、それは愛。愛してれば、安心。というか、それしかないでしょ。その前はどのように生きていたっけなあー。おもいだせない。俺ってどんな人だったっけ。ここのにいるのは誰なんだろ。

っていうか、俺ってね、中身が何もないと思うの。「君は誰?」って言われて、誰なんだろう?誰でもいいじゃない。

自分ってものを、拾い集めていけたらいいですね!!

おわり

名前:あいこ 日付:7月6日(月) 23時11分
でもね、ぼくが世界が見えないのは、他の人の言ってることが全然わかんないのは、ぼくが耳栓をはめて生きているからなのです。世界に参加してないんだから、世界のことなんてわかんない。でも、世界って何?耳栓が取れればいいなあ。俺はどこにいるのかなあ。自分がどっかいっちゃった。いや、あったっけ?

名前:あいこ 日付:7月6日(月) 23時38分
瞬間とは永遠だ。

過去とか未来とかいう言葉のあるところには、永遠はない。

永遠はただ瞬間、その瞬間の中に自分が溶けてしまえばいい。

名前:あいこ 日付:7月6日(月) 23時51分
俺には時間は過ぎていないということだ。だから、俺はいない。今日一日が、明日一日が、時間であってくれるように。

名前:あいこ 日付:7月7日(火) 1時19分
世界には入り口があって、出口がある。入って、出て行く。部屋の中の景色が、素敵であるように。

名前:あいこ 日付:7月7日(火) 2時15分
なんにも痛くなんかないよ

名前:あいこ 日付:7月7日(火) 3時54分
みんな、俺と違う人間なんだよね。いま初めて知った。いや、俺は人間でしょ。で、人間はたくさんいるじゃん。えー、あんたも人間?じゃあ、俺と同じだ。なんて思ってた。この世にはね、世界と人間の二つしかないと思ってた。おれ、知ってる人間一人もいない。でも、人間って日本だけで、一億人以上いるんでしょ。人一人見ても分かんないのに。いや、知る知らないじゃないよ。別に。知るって何よ。ははは、くだらねえ。

名前:あいこ 日付:7月7日(火) 4時9分
ものすごく死にたい

名前:あいこ 日付:7月7日(火) 4時10分
こわい

名前:あいこ 日付:7月7日(火) 4時27分
なんで死にたいんだろう

名前:あいこ 日付:7月7日(火) 5時41分
少なくともあの人はこの世に存在しているし生きています
ぼくはこの世に存在していないし生きていません
ぼくはどこにもいません

名前:あいこ 日付:7月7日(火) 6時37分
その人がいれば、世界は空っぽではなくなるんだ。

名前:あいこ 日付:7月7日(火) 6時52分
時間が正常に過ぎていかなくなったのはいつからだろう?時間が自分を追い越したのはいつからだったろう?いろんなものが約束されなくなったのは?自分が守られなくなったのは?

名前:あいこ 日付:7月7日(火) 14時41分
もう今年は半分終わった。4月からの3ヶ月間はおれは何を手にしたんだろう?この半年、一本の映画も見ず、一冊の小説も読まず、一曲も曲をコピーせず、ろくに音楽も聴けず(身体化症状のため)、ただ、何もない場所から何もない場所への移動に費やした。

名前:あいこ 日付:7月7日(火) 15時19分
別に、他の人が何をしているとか、俺には関係ないし、興味ないんだよ。俺は別に焦りとかを感じたことはない。自分が間違っていることをしているとは思っていなかった、というか、間違ったことをすることを常に意識して避けようとしていたからね。去年の7月まではね。

「何をする」ということに興味はないんだよ。「何をする」というのは、結果的に自分を物として扱うから。人生を投げていない限り、そういう生き方は出来ない。

「何をするか」はわからないし、わかる必要もない。本当に興味がない。しかし、自称常識人は、このような「瞳孔の開いている」人たちを、病人として扱うんだな。「何をするか」「何を考えているか」ということについて具体的なことを何も話さない(話せない)から、それはいけないことだと勝手に判断して治療してくれようとするわけ。明確な方が優れていると考えているんだな。

俺は何も話すことなんてないの。話したいと思えば話すよ。なのに、そういう輩は、こっちに無理矢理に口を開かせようとするでしょ。すると、言葉にならないことを言葉にしなきゃならないから、それを分かりやすい言葉に置き換えようとすると、まったく意味合いが変わってきて、嘘になってしまうわけ。さらに、そいつは俺のことを、「哲学的な思考にはまり込んでいる人間」として嘲笑するわけ。そいつから話せとか言ってきた癖にね。言葉に出来ないことは話す必要(意義)はないし、それを無理に言葉に置き換えようとすれば「哲学的な」言葉になるのは当然のことだろうが。

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2012/02/02 (Thu) 09.6月15日(月)~7月6日(月)

名前:あいこ 日付:6月15日(月) 22時12分

「この人は俺を守っていてくれているのだろう」、そう思うことが、その人のことを信じているということでもあると思うけど、その人に対して、「あんたのことなんか信じていないんだ」と言うとする(本当は信じている)。そうすると、相手は傷つき、俺に対してよそよそしくなってしまう。以前にあったものは無くなってしまう。その人は俺を信じてくれなくなる。だからもうその人は俺を守ってくれない。いや、俺自身が、「その人によって守られている」と感じることが出来なくなる。俺自身が、他人の愛のようなものを更に感じられなくなる。助けてくれ。

名前:あいこ 日付:6月18日(木) 0時30分
4月あたりからあらびき団を見始めているんだけど(普段、特定のテレビ番組を見るという習慣はない)、なんでいままでこの番組を見ていなかったのか、と思う。せっかく出会えたのだから、しばらく終わらないでいて欲しいと思う(鬼太郎は面白さを発見した直後に終了した)。

名前:あいこ 日付:6月18日(木) 3時7分
俺は精神を犯されたのか。

名前:あいこ 日付:6月18日(木) 14時52分
そこに生活が見出されない音楽は俺は興味がない。インダストリアルだかなんだか知らないけど。要は歌謡曲だ。本来的な意味でのブルースと言ってもいいかな。あんたがどのようにして生きているのかが知りたい。あんたは何が欲しいんだ。何が悲しいんだ。

名前:あいこ 日付:6月18日(木) 15時44分
例えば、俺が誰かに殺されるとする。そこで俺の人生は終わり。周りの人間はこういうだろう、「もし、おまえが殺されることを不当だと思うのなら、殺されるその瞬間まで後悔しないように生きなかったおまえが悪いのだ」、精神障害など関係ない。というよりも、精神障害のために人生を満足のいくように生きることができていないことを、本人の責任であると考えている人間が大半なのではないか、と思っているのだけど。知らぬがホトケというか、知ろうとさえしなければ、「彼らにとっては」それは存在しないのも同じなのだ。実際、「精神障害など存在しない」と高をくくっている人間は多くいるのだ。それについてまったく考えたことがないということは、それが存在しないと見なしているのと同じことだからだ。

名前:あいこ 日付:6月18日(木) 16時3分
くだらん理屈を書いてみよう。

「やさしさ」というものが分からない(ろくに考えたこともないが)。「やさしさ」というものは「共感」に関係しているのかもしれない。そして、共感というのは「記憶の共有」であると思う。「同じようなものを見たことがあるか」、「同じような感情、感覚を経験したことがあるか」ということだ。

例えば、砂埃の多いところで育った人は、同じように砂埃の多いところで育った人に対し、砂埃に関することで共感できる部分を多く持つものだろう。その共感できる「能力」のことを「やさしさ」というのであると思う。

名前:あいこ 日付:6月18日(木) 17時7分
しかし、忘れることは怖ろしいね。俺は人間とは記憶であると思っているから、何か、大切なものを忘れていたことに気付くと、自分は自分の一部分を失っていたんだと思って悲しくなる。忘れていたことにすら気付かなくなるんだから。元々存在していなかったかのように。それが忘れるということなんだけどね。いま現在、これから先、絶対に忘れたくないと思うものなり感覚なりがある。俺が生きている間にしている努力の大半はそのための努力なんだろう。大切なものを忘れないでいるための努力。

名前:あいこ 日付:6月24日(水) 1時16分
コンビニのアルバイト、二件に絞れた。おめでとう!!これも連日昼と夜に数件の候補となっているコンビニをストーキングし続けたおかげです!!

その二件のうちの一つは、店員間のバリアが緩い感じ。結構わきあいあいと笑い合っていました。新入りらしき茶髪の女子高生がかわいかったです。その子の他に、明るい茶髪の肩までのストレートなロングな髪の毛の、身長150前半のBoAっぽい女の子も、雰囲気がかわいい気がしました。あと30代くらいのショートヘアーの茶髪のかわいい女の人もいました。男は、茶髪の高校生らしき人、黒と茶髪の交じり合った髪の毛のちょっとテニサーっぽい人がいました(いけめんではない)。

もう一つのコンビニは、店員間のバリアがもう少し強い感じです。働くだけ、というのならやりやすいのかも知れません。こっちの店では若い女の人は一人だけしか見かけていないのですが、ちょっと陰のありそうな人でした。今日ぼくが店に入ったときは、なんにも挨拶をしてくれませんでした。

名前:あいこ 日付:6月24日(水) 1時34分
この二件のうちのどちらにするか、いま考えているわけです。わきあいあいの方は、明るい雰囲気のため、ちょっと入りづらい気もします。でも楽しそうです。女の子も、こっちの方がかわいいと思います。

わきあいあいというのは嫌いではないのです。明るい雰囲気も、好きなのです。以前働いていたセブンイレブンは、わきあいあいとしていて、家庭的でした。仕事中に笑い合う感じでした。そんな雰囲気が好きでした。みんな暖かい感じの人でした。ぼくは暖かい感じの人が好きなのです。

名前:あいこ 日付:6月27日(土) 2時58分
愛が欲しい。自分の愛が

名前:あいこ 日付:6月27日(土) 13時13分
もう取り戻すことのできないもののために泣いているのか?しかし、泣いているということは、俺はこれから先も生きるのだろう。これから先もずっと、取り戻せないもののために涙を流し続けるのかも知れない。

名前:あいこ 日付:6月27日(土) 13時28分
そして、俺は、声なく、叫ぶ。それは何者かに対する感謝である。

名前:あいこ 日付:7月4日(土) 2時52分
自己愛性人格障害の被害は、受けた人にしか分からないし、自己愛性人格障害の被害を受けてない人間を見ると、「自己愛性人格障害の被害を受けていない」という理由のみにおいて、理不尽というか、恨めしく感じる。「なんでおまえらは被害を受けていないんだ」と思う。

名前:あいこ 日付:7月6日(月) 4時8分
俺があと一週間以内に死なないように祈ってください。希望というものがまた少しずつ戻って来るのなら、それにつれて自殺願望も強くなるでしょう。自分に何かを望む気持ちが戻って来たら、自分の人生が手遅れになっていることにも気付くだろうからです。そこで死ぬことになるか、持ち堪えることが出来るのかどうかは分かりません。

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2012/02/02 (Thu) 09.6月10日(水)~6月14日(日)

名前:あいこ 日付:6月10日(水) 15時44分
自分に「アドバイス」してくるやつは、みんな自分より馬鹿なんだということを覚えておかないといけない。「アドバイス」してくるやつは極まって自信満々で、自分は何でも知っているという態度で「アドバイス」をしてくるから、こっちもそいつの言ってることが正しいように感じられてしまう危険がある。常識的に考えて、よく知りもしない他人に対して「ああしろこうしろ」と軽率に発言することができるというのは、普通の人間だったらありえないことだろ。

名前:あいこ 日付:6月11日(木) 1時46分
アイコは「いっぺんに全部をやりとげようと思わなくていい。一つ一つクリアーしていけばいいと思う」って言ってたけど、俺なんかアイコのツアーパンフレットをすべて読み終えるのに、(思い立ってから)二年以上かかってるわけよ。

学校へも行かない、アルバイトもしないという環境を何故求めたのかというと、アイコと二人きりになりたかったからだろう。アイコのために不安になり、アイコのために苦しみ、アイコを見て胸を痛めていたかったのだろう。

名前:あいこ 日付:6月12日(金) 14時9分
アイポッドを見ると吐気がする。どこに行けば吐気を感じないで済むのだろうか?

名前:あいこ 日付:6月13日(土) 13時19分
俺のやっていることは、俺の責任ではないということ。俺がきわめて限られたものにしか興味を持たないのも、俺の責任ではないということ。俺にとって、世の中の大半の出来事は無意味であるということも、俺の責任ではないということ。

このようなことが理解できない馬鹿を相手にする時、どのように戦うのかということ。

俺は自分の意志にぴったりとくっついている間は不満はない。自分の意志と自分のとっている行動とが乖離している場合、不満を持つ。

名前:あいこ 日付:6月14日(日) 0時33分
この世界にあっていちばん厄介なのは人間なんだけどね。自分に侵入してきて破壊してこようとする人間といかに戦うか、ということと無縁でいられたら楽に生きていけるんだけどね。「人間は共に仲良く」なんてのは上辺だけの文言であって、実際は「いかに人間と戦うか」、こちらの方が現実的な問題。

「人間は仲良くやっていけるものなんだ」という思い込みをしている人間が、俺にとって脅威になることが多いんだな。「人のことは完全に理解できるものだ」と思い込んでいて、「ぼくも君もみんな同じ人間なんだ」と思い込んでいて、「君のことが好きだ」と軽々しく口にし、「さあ手を繋ごう」と言ってくる人間。そういう人間が俺にとってのいちばんの脅威だ。

名前:あいこ 日付:6月14日(日) 0時47分
「みんな仲良く。ぼくは君が好きです!さあ手を繋ぎましょう」とか言って、人間の持っている対外的な攻撃性に対して見て見ぬ振りをしている偽善者が許せないってこと。人間、そう簡単に他の人間を好きになれるわけがないんだしね。牽制し合う部分っていうのは生来的にそなわっているんだから。

会う人間すべてに対して、「殺すぞ、おまえ」とか言って日本刀振り回している人間の方が俺は余程信用できる。

名前:あいこ 日付:6月14日(日) 1時18分
ミッシェルガンエレファントのチバユウスケは、カネコアツシの漫画に対して「妄想、暴力、裏切り。これが現実。俺はリアルなものが好きだ。だからカネコアツシが好きだ」とか言っていたけど、俺はリアルなものが「好き」というよりも、単純にリアルじゃないものが「嫌い」なんだ。嘘くさいものがね。

名前:あいこ 日付:6月14日(日) 3時4分
俺は何も信じていない。人間にそなわっているのは信じる能力「だけ」だ。真実なんてものはない。本当だと思えば本当だし、嘘だと思えば嘘だ。「信じているそのこと」、それだけが真実だ。信じる能力を失うことは、すなわち生きる意志を失うことだ。自分の目に映る物事はすべて、嘘でも本当でもないことだ。

俺は去年の七月までは、常に一貫して自分は前進していると感じていた。自分の世界に対する認識は常によりよい方向へ進んでいると感じていた。だから生きることに何の不満も感じていなかった。完璧な人生だと思っていた。去年の七月以来、俺は少しも前進していない。世界に対する認識は、破壊された。去年の七月以前は、普通に理解していたような、世界の認識の仕方を、忘れてしまっている。自分にとっては当たり前だった理解が、今の自分には殆んどなくなってしまっている。当たり前で、自分にとって重要な理解、すなわち価値観が、なくなっている。「世界はこういうものだ」という理解が。去年の七月以来、俺は無駄に年を取っているだけだ。何の前進もない。当然助けてくれるやつなんていない。当たり前だ。去年の七月に俺が間違った方向へ引きずり込まれようとしている俺を止めなかった親も、所詮は他人事なのだ。他人事でないのなら、去年の七月に止めていたはずだからな。今更俺に対して心配しているようなそぶりを見せたところでそれが俺にとって何の助けになるというんだ?俺は死ぬ時には一人で死ぬ。結局、親だって、俺が「自分のとっている行動が自分の意志によるものだ」と信じながら生きることについてはどうでもいいと思っていた、つまり「意志に従って生きようが生きまいがどっちでも同じだ」と思っていたから、俺が間違った方向へ引きずり込まれようとしているのを止めなかったわけだ。「正しいも間違っているもない」と思っていたのだろう。親は、自分の息子はぎゃーぎゃー言っているけれども、息子が困っているのは一過性のもので、遅かれ早かれ息子は無事になるのだろう、と高をくくっているのがよく分かる。結局他人事なのだ。親の人生が変わるわけではない。

いまの自分にとって必要なことは、「いま自分のとっている行動は自分の意志によるものだ」と信じられるように生きられるようになることであると思うけれども、そこに至る方法を俺は知らない。「自分の意志」に至る手掛りが見付からない。

名前:あいこ 日付:6月14日(日) 3時26分
俺もあいつのように誤魔化しながら生き続けるようになるのだろうか?自分にとって本当に必要だったものを二度と見付けることが出来ず、この無意味な人生を、空疎な言葉を並べて世界をますます無意味にしていきながら、からっぽな人生を生きていくしかないのか?俺の人生はやはり終わったのだろうか?自分の言葉がどんどん失われていくのが分かる。自分の本心ともいうべきものが日に日に失われていくのが分かる。自分の書いていることは、自分の本当に思っていることではないと思う。生は無意味であると思う。理由は一つ、俺には本心がないから。思ってもいないことを書き、望んでもいないことを続けて、俺は自分が誰なのか分からなくなった。何かを話す場合、どこかから言葉を盗んでくるしかない。これではあいつと同じではないか…空疎な言葉。自分の本心をどこかに置いてきたまま生き長らえている人。俺は自分の「本心」を取り戻すこと以外にやるべきことは何もない。何を美しいと思うのか、何を信じているのか。「本心によるものではない」と思ったのなら、それを絶対にやってはいけない。俺は奴のいう「馬鹿になれば最高なのだ」「なんでも気の持ちようだ」「ポジティブに考えろ」とかいう洗脳から解けていないのだろう。つまり自分の本心に従うことを無意味なことと考える習慣が身についており、それからまだ抜け出していない、ということだ。俺はこの世界が夢でないのなら、俺の人生は既に終わっていると思う。親は楽天的に寝ている。俺が何を考えているのかなんて知るわけがない。俺が死ぬ時も、親は楽天的に寝ているのだろう。

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2012/02/01 (Wed) 09.6月4日(木)~6月8日(月)

名前:あいこ 日付:6月4日(木) 22時15分
俺の場合、ビデオデッキの位置を変えただけで、世界全体が変わっちゃうのね。こちらの世界の認識そのものが変わるから、俺の目標のようなものもそれによって覆い隠されたりする。すると行動も変わる。まず、世界の認識が定まっていないと、自分と世界の関係の認識が定まっていないと、何もできない。ただふわふわ漂うだけだ。その間は何も見えないわけ。墨で塗られたようにね。何もないところから何もないところへの移動に日々を費やすことになる。俺なんかの場合、結果的に、ビデオデッキの位置を変えただけで、死にかけるというようなことが非常によくある。世界の認識そのものがインベイドされるわけだ。「便利だから」という理由でテレビやビデオデッキを移動したりするんだけど。それで死にかけるわけ。理屈じゃねーんだよ、結局。

名前:あいこ 日付:6月5日(金) 1時26分
普通は自分の人生を自分で悪い方向に持っていくことには歯止めがかかる。けれど、自分の人生を壊すことになれてしまうと歯止めがかからなくなる。更に悪い方向に行きそうになっていても、現実味がない。だから止められない。更に悪い方向に行くと行っても、-8が-10になる、それだけのことだろう、というように、実感をまったく伴わず、ただの数値にしか感じられない。ゲームの中のことのようだ。実感が感じられないから、切迫することもない。いつまでも止められないのかも知れない、と思って恐ろしくなる。どこになったら俺は実感を感じるんだろう?「おれはやばい」と思うんだろう?痛みを感じない以上、俺は自分の身を切り続けるだろうし、例えば俺は線路に自分の身を横たえても痛みを感じないのではないか?失うことに慣れている。失うことに対して何も感じなくなった。自分の人生を自分で悪い方向に持っていくことに抵抗を感じなくなった。俺はこの年まで生きてきて何もしていない。大学に入って、気付いたら何もしないまま六年目になっていた。自分のいまの感覚は信じていない。「卒業したい」と切実に感じることはない。けれども、「卒業したい」と感じていた時の感覚の方が信用できる。いまは何を見ても何の感触もないのだ。何を食べても味がしないのだ。口の中でごそごそ言っているだけだ。物を食べていても触覚しか感じない。だから噛まずに飲んでしまうこともある。何を見ても切実に何かを感じることはない。勿論音楽も聴けない。こんな時に何を考えても、何も信用することはできない。将来のことなど決められるわけがない。今日やりたいことも何もないのだから。だから試験だと言って、勉強していても、自分が勉強していることそのことがどこかに繋がっているという感じがしない。繋がっているとして、それが自分にとって何を意味するのか…ただ機械的に勉強して機械的に単位が来て…現実のように感じられない。誰かが文章にして書いたことなのではないか?観念しか存在していないんだな…すべてが文章のようにしか感じられない。何を見ても自分の脳内にしか見えない。街を見ていても自分の脳内を見ているようにしか感じられない。

名前:あいこ 日付:6月5日(金) 18時39分
薬が必要、一秒を楽にする、一分間を耐えるための。一分間、一分間が地獄。いちばん安全なのは自分の家。世界でいちばんマシなのは自分の部屋だろうし、のたうちまわっていられるし、基地外みたいに叫びまくることもできる。外に出ている時は、のたうちまわれない。金切り声を上げられない。また、自殺する危険性もある。もちろん何にも興味を持てないし、何を前にしても、自分とその対象との間に大きな距離がある。大きく、空虚な空間が間にある。すかすかする。手応えをまるで感じない。胸が常に焼けるようなじりじりするような感じ。胸の中が常につまっている。呼吸がうまくできない。常に息苦しい。そして、この息苦しさが少しでも軽減する方法を知らない。何も考えられないし、頭には「死にたい」という言葉しか浮かばない。音楽も興味が持てないし、聴いても攻撃的で、神経に障るものでしかない。本も何も読めない。一つのところにじっとしているのが苦痛。だから歩き回っている。常に移動している。胸の詰まる感じ、息苦しさが少しでも軽くなることを期待して、移動する。動き続ける。時間が稼ぐことすら難しい。…やっと五分。息苦しさはどこに行けばなくなる?腹はすくことはすくが、胸が詰まっており、息苦しいので何も食うことができない。食っても味がしない。いまの俺にとっていちばん「楽な」時間の過ごし方は、息苦しさに、家の床をのたうちまわること。しかし、外に出ている間はそうはいかない。

名前:あいこ 日付:6月6日(土) 2時36分
生きている間くらいは明るい所にいたい。

名前:あいこ 日付:6月6日(土) 2時54分
人間にとっていちばん重要で、失うと危険なのは、「信じること」。信じるから生きていけるのだ。常に、「自分にとって何が一番信用できるのか」を考えなくてはならない。正しいことも間違ったこともない。ただ、信じられるかどうか、それだけ。

名前:あいこ 日付:6月6日(土) 15時18分
あとねえ、客観的に、冷静になるのが大事だとかよくいうけど、人間を動かしているのは理性ではなく、結局は感情、或いは欲求でしかないよね。感情や欲求が動いていないのに、理性や客観性なんて何の役にも立たないよね。「感情に振り回されて大変」とかいう前に、「そもそも感情が機能しなくなったらどうなるのか」というのを想像してみれば、感情に振り回されているのが恵まれていることのように思えるんじゃないの。

名前:あいこ 日付:6月8日(月) 16時5分
音楽を聴くと、まったく何も感じないわけだけど、「まったく何も感じていない」という事実に直面するのも、疲れることなんだよね。だから音楽を聴こうとすることをよすんだけど。或いは、「まったく何も感じていない」という事実を自分につきつけるために、わざと音楽を聴きまくることもある。どんどん音楽がゴミのように思えてくる。自分はいろんなものをゴミのように扱っている。そうしてどんどん自分が嫌いになっていく。

名前:あいこ 日付:6月8日(月) 21時55分
「自分が何かを見失っている」というのは判るんだけど、何を見失っているのかがわからない。それが何なのかわかった時には手遅れになっている。そういうのはよくあることなんだろうかね。

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2012/02/01 (Wed) 09.6月2日(火)~6月3日(水)

名前:あいこ 日付:6月2日(火) 13時27分
一度、直感の機能が押さえ付けられると、それを取り戻すのには大きな代償(時間・体力)が要る。直感を押さえ付けた場合、理論によって行動しているわけだけれども、そもそも「直感を押さえ付け、理論に従わせる」というスタート地点から間違っているから、そのあとも悉く間違いになる。つまり、理論の上塗りを繰り返す以外になくなる。そうした生活を続けている以上、ツケはあとで確実にやってくる。長く続ければ続けるほど、取り返しがつかなくなる。一度流れが出来てしまえば、それをゼロにするのは体力のいることだ。スタート地点(直感に従うこと)が間違っていなければ、そのあとに来るものも間違いようがないのだ。直感は最も保証されたものだからな。

名前:あいこ 日付:6月2日(火) 13時44分
俺はその直感が形を取ったものを「生命」と呼んでいたのだけれど、その生命によって生きていれば、他人と同じ生き方になるわけがないでしょ。でも、他人と違う生き方になったって、それは俺の責任じゃないでしょ。「なんでおまえは学校へ行かないんだ」とか言われても説明なんて出来るわけないでしょ。だから、その生命に従っていると(つまり自然に生きていると)、場合によっては、相当なフリクションが起こるわけでしょ。他人とは違った生き方になるから。そこで戦わなきゃいけないんだけど。負けたら大変なんだけどね。世の中は正論と一般論を押し付ける人間で満ちているからね。

名前:あいこ 日付:6月2日(火) 23時36分
どんなジャンルでもいいんだけど、いい作品をたくさん見なきゃだめだ、とか言う人がいるでしょ。俺はこういう考え方が好きじゃないの。俺は小説を何冊読んだ、映画を何本観た、というようなことにはまったく興味はなくて、好きな人の目をずっと見つめていたい。

名前:あいこ 日付:6月3日(水) 0時3分
そしてそうしたことで胸が苦しくなるのは意味のないことだと思うんだな。しかし、それ以外に意味のあることなんて何もないと思うんだな。宿題何ページやりました。これは目で見ることができる。だから一見意味があるようには見える。しかし、人生はそういうものか?

名前:あいこ 日付:6月3日(水) 22時45分
セブンイレブンは普通に働くのが抵抗がないのに。というか、セブンイレブンの続きをやりたがっているのだろう。俺は二月にセブンイレブンを辞めたけど、そこで時間が止まっているようにも感じる。俺はいま、セブンイレブンのA店でアルバイトをしている…いま、二月。いまは多分、夢を見ていて、一時的に未来にいるのではないか…そして、俺はあの頃、あの場所に帰りたがっている…?セブンイレブンに。いま、気付いた。俺はセブンイレブンで働きたい。

名前:あいこ 日付:6月3日(水) 22時59分
コンビニはいろいろ探したが、求人募集しているところをなかなか見付けられなかった。ほっともっとあたりの弁当屋で働こうとも思っていたのだけど。セブンイレブンは求人募集しまくってるんだけど。店舗数も多いし。でももう応募できないでしょ。「アルバイトなんかどこでやったって同じだ」とも自分にいい聞かせたりするけど…ほっともっとを外から覗いてみたりしても、自分がそこで働いている姿が想像できないというか、「働きたい」と思わないんだよな。さっきも普段いかないセブンイレブンに入ってみたけど、あからさまにかわいい子がいるし。見たことのないようなかわいい子がいたし。雑談しててすごい楽そうだったし、セブンイレブンの雰囲気が好きなんだよな。緩い感じ。落ち着く感じ。まあだから一回働いたんだけど。他のコンビニにはあの雰囲気はないんだよ…ほっともっとなんて、とても落ち着くようには思えない。やっぱり、心はまだ、俺の働いていた所のセブンイレブンにあるんだろうな。

名前:あいこ 日付:6月3日(水) 23時9分
駄目もとで、セブンイレブンに応募してみて、「一回他のセブンイレブンをばっくれちゃったことがあるんですけど、それでも採用してもらえますか?」と普通に聞いてみることも考えたけどね。やってみることになりそうだなあ。一度ばっくれたやつが二度もばっくれるとは限らないし。「辞めるとしたら、必ず宣言しますから」っていっておけばいいでしょ。ばっくれたことがあるっていうのは、採用しない理由にはならないような気がする。「これから、しっかりやってもらえるのなら」って思ってくれるかも知れない。でも会社の方針があるかもしんないけど。「一度ばっくれたやつは二度と採用するべからず」というような。

名前:あいこ 日付:6月3日(水) 23時11分
あんなに楽で楽しくて自分に合った仕事なかったのに…

名前:あいこ 日付:6月3日(水) 23時28分
自分の働いてた所に行って、謝ってまた働かせて貰うとか。それが一番根本的というか自然な気がする。いまから思えば、辞めたのが間違いだったんだから…なんで辞めたんだっけな?辞めなければ助からないような気がしたんだよな…辞める理由なんて何もないように思うのだけど…辞めた時は、「他に代わりになるアルバイトなんていくらでもある」とも思ってたんだよな…選ばなければの話なんだよね。セブンイレブンはたまたま居心地がよかっただけで…運がよかったんだよな。場所も仕事も雰囲気も人間もすべてがよかった。なんの不満があったんだろう…

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