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2011/11/16 (Wed) 09.4月5日(日)~4月7日(火)

名前:あいこ 日付:4月5日(日) 15時12分
夢は叶うとか、願いが強ければ叶うとかいうけれど、これは事実というか、当たり前のことだと思うね。それを「単純に求めている」のであればね。つまり、クソがしたくなれば、遅かれ早かれクソをすることになるだろ。それと同じ。そこに変な理屈だとか理想みたいなものが入り込んで来たら駄目だけど。願うっていうのは理屈は関係ない、身体に関係することであって、とてもシンプルなものだからね。要は「痛み」だよ。ウンコをしたくなって、我慢していると身体がおかしくなってくるだろ。その身体がおかしくなってくることが、「願うこと」なんだな。

名前:あいこ 日付:4月5日(日) 23時6分
自分の行動に自信が持てない。自分が「意味がある」と信じられることをしていたい。意味のあることなんてないのだから。「意味がある」と「信じられる」ことがあるだけだ。「これは意味があるんだ」と信じられるようなことをしていたい。自分はどこにもいないようだ。「ここにいるんだ」という確証が欲しい。いま、俺はどん底にもいないらしい。「どん底にいる」と感じられれば、上を向くことが出来るもの。いまいる場所は底ですらないらしい。そうか、これが「無重力」という奴だったっけな?

名前:あいこ 日付:4月6日(月) 1時4分
俺はまさにそう、何を見ても心を動かされない、この状況を求めていたのだ。なんでだったっけな?何も見えない。何も見えないこの状況を何故求めていたんだろう。かつて興味を持っていたもの、すべてに関心が持てなくなっている(たった二週間前だぜ?これを欲しいと思ってたの。あれを聴いて背筋が凍っていたの。世界の匂いを感じていたの。音楽を聴いては毎日のように大泣きしてたの。何かに憧れていたの。食べ物に興味が持てていたの。自分を取り囲んでいる空気が外の世界に通じていると感じられたの。)。まったく馬鹿げたことのようにしか感じられないような気がするけど…?この状況において何か価値のあるものが見えると思っていたみたいだったけど…ああ、まさに、「価値のあるものがあるのかどうか、この目で確かめたい」、そういうことだったのかな。自分が救いを求めるようになるところまで、自分を追い詰めてみたかったのかな。そこで「何に救いを求めるのか」?その、自分の救いを求めたところのものが、自分にとって大切なものであるはずだ。そういう仮定があったはずだな。

しかし、そういう、ある種ドラスティックな、「学校さえ行けば」「アルバイトさえすれば」「音楽さえすれば」というような、目的論的な姿勢を持つことに限界を見出していたんじゃなかったっけな?「学校に行かない限り救われない」「働かない限り救われない」とか、そういう自分の「希望」とやらを「これだ」と決めつけることに。本当に、「働いていない」そのことに原因があるのか?「学校に行っていない」そのことに原因があるのか?そのような、頭で考えた部分が肥大していることに、耐えられなくなっていた部分はあった。

うん、ここには何もない。頭で作った部分が支配的になっていて、瞬間瞬間にある「事実」の集積が経験されることなしに、ないがしろにされている。どろどろとは固定化された観念だ。観念は時間性とは関わらないから、先がない。

名前:あいこ 日付:4月6日(月) 1時15分
人間は比較を通してしかものを見ることが出来ないものだね。ろくでもない世界に足を踏み入れでもしなければ、自分のいた世界の素晴らしさすら理解できない。

名前:あいこ 日付:4月6日(月) 1時32分
俺なんか、飯を食ってる時に、それがうまいというだけで泣いてしまうことが度々あるのだけど(マクドナルドで何回泣いたことか)、これも、飯を食ってもまったく味がしない、というのが「普通」になっていたから。だから味がするってだけで泣くほど嬉しいんだろうね。人が歩いている姿を見るだけで涙が流れたり(笑)、俺はそんなに酷い人生を生きて来たっけなあ(笑)?この前、西友で中華弁当買った時に、レジのおばちゃんが箸を袋に入れてくれてるのを見た時に涙が流れたり(笑)。なんか、おばちゃんにありがとうっていいたくなったわ。

名前:あいこ 日付:4月6日(月) 1時50分
3月14日(土)18:27
また、「人間」というものを求めていたのも事実であろうと思う。(人間が生きているものとして感じられること。)その「人間」が感じられる状況が「あるがまま」と関係しているのではないかと思われだしたから、再び通院することを考えたのだ。音楽を聴いている時や、ふとした瞬間に「人間」が感じられること、これに優る美しさはない、というのは度々感じてきたことだった。このリアリティは、aikoの音楽を聴いた時に「見た」ものとも、ある部分で繋がっているのではないか?aikoの音楽を聴いた時に、そこに見出したのは、多くの場合「人間」だった。俺にとって「人間」というものが一番重大であり、それを最も見せてくれるものがaikoの音楽であった、と理解していたと思う。

名前:あいこ 日付:4月6日(月) 16時8分
しかし、大学行くと、かわいい子がたくさんいるね。自然の一部だね。

名前:あいこ 日付:4月7日(火) 2時38分
本当に辛い時に何のことを、誰のことを思い浮かべるか。本当に、世界の何もなさを感じた時に、何のことを、誰のことを思い浮かべるか。「その人が生きているから俺も生きていよう」と思えるかどうか。

名前:あいこ 日付:4月7日(火) 2時48分
俺がアイコのことをずっと見ていたのは、アイコのことが好きだからというよりも、この人がいることを自分に忘れさせないようにするため、という意味合いの方が強かったと思う。「『この』世界には『この』人も生きているんだ」ということをね。

名前:あいこ 日付:4月7日(火) 3時1分
そういう理解っていうのは助けになるというかあるのとないのとでは全然違うからね。ひとりじゃないって思えるのはね。思えないことも多いけどね。ぼくは本当に「ひとりでは生きていない」んだろうか?俺には誰か好きな人がいるのではないか?その人がこうしている間にも生きていること、その中でその人が何を見ているのかを俺が知ることが出来ないということ、そのことについて俺は「失っている」と感じること、そういう人がいるんじゃないのか?

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