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2011/12/10 (Sat) 09.4月14日(火)~4月14日(火)

名前:あいこ 日付:4月14日(火) 11時11分
自分の直感だとか、信じている通りに、感じる通りに行動することに無意識にストップがかかるようになってる。一年間そうやって過していたから染み付いたんだな。自分の直感を信じようとしたり、苦しいからやめようとか思ったり、楽しいことをしていようとか思ったりすると、すぐにあいつの声が聞こえてくる。「これでいいのだ」。「俺の言う通りにしていればいいのだ」。俺が自分の直感なりを信じようとしていることを病的なことと解釈して、嘲笑するような、あいつの言葉がすぐに頭に浮かんでくるんだよね。自分の直感を信じたりすることを押さえ付けて、現実から離れた空虚な言葉に自分を従わせていく、そういう価値観を植えつけられたわけだけど、それがまだ機能しているということなんだよな。その植えつけられた考え方の、物事の捉え方の習慣が、まだ俺の意志の中枢に位置している。

名前:あいこ 日付:4月14日(火) 12時25分
こうして俺はもうなんヶ月も無駄に過ごしていることに気付くわけだよ。俺を見て、俺が自分の好きなものだとか、自分がこうなりたいというような希望なり目標なりを持っていて、それに向かって努力しているとか思っていたり、誰もがそういう風に生きていて当たり前だと思っている人間がいるのかも知れないが、ふざけるなよ。確かに俺はこの人生において望んでいるものがないとは言えない。けど、この一年間には、それに関係したことは何もしていないんだ。俺が、何かを好きでいることを間違ったこととして自分で押さえ込まなければならない、とずっと他人から洗脳されていたんだからな。俺が何かに向かっていくのを阻むのではなく、俺が、何かに向かっていこうとする、その「意志そのもの」を作り替えようとされて、それが成功したわけだ。意志決定をする、人間の内部の方を攻撃すれば、わざわざ手を加え続けなくても、勝手に自滅してくれるからな。実に手の凝んだやり方だよ。リモートコントロールだ。まったく感心しないがね。まだ俺の中にあいつの意志が入り込んでいるのをありありと感じる。侵入というかね。首から胸にかけて、侵入しているのをリアルに感じる。それが俺の感じる最もリアルな感触の一つだ。寒々とする。それは、俺が、自分の好きなものに向かっていくのを、俺が何かを好きでいる、その「意志そのもの」を排除しようとしている。それは、俺の内側にある。

また、このようなことを認識出来るのは、多少なりとも洗脳から離れる方向に向かっている時だ。洗脳されている間は、洗脳が継続して機能している間は、ただ日々の行動で自分の気力を吸い取られていくだけで、抵抗するような自分の意志も機能せず、日々が過ぎていくだけだ。

名前:あいこ 日付:4月14日(火) 12時46分
また、そういう風に一年間を殆んど無意味に過ごしていた俺に対して、俺をそのような状態にした(俺の意志の中枢を無力化した)張本人が、「短時間睡眠法」を勧めるメールを送って来たりもするわけだよ。時間が勿体ないらしいんだよ。睡眠時間を削ってまで、一日に多くの本を読んだり映画を見る必要性を感じているらしいんだよ。そしてそれを俺に勧めてくるわけだよ。そもそも、俺には「これがしたい」というような欲望というか希望が機能しなくなっているんだよ。時間なんか増えたところでどうしようもないんだよ。睡眠時間を削って一日の時間が増えたところで無駄な時間がそれだけ増えるだけで、毎日が無意味なことには変わりがないんだよ。時間なんかじゃなく、もともと自分の中にあった、自分の希望のようなものを取り戻す以外に俺のやるべきことなんてなかったわけだよ。そこで俺は「時間が増えても、過ごし方を知らないんじゃ意味がない」と答えたら、「そんな綺麗事を言っているんじゃない。質より量だよ、量」とか言われた。「綺麗事」の一言で片付けられた上に、「質より量」とか言い切られちゃったのよ。もう何も言い返しようがないわけよ。こっちの話聞いてないというか、理解していないというか、理解しようとする意志なんて端からないわけだから(理解していると思ってるんだろうが。その上で「おまえは間違っている」ってわけだろ)。

名前:あいこ 日付:4月14日(火) 15時22分
俺の場合、音楽の才能だけが最後の望みというか、逃げ場だった気がするんだけどなあ。昔はあったんだよ。もうない。壊すように仕向けられた。この一年間をかけて努力して俺は人生を擦り減らして、音楽の才能も擦り減らしてきたってわけ。前から言ってるけど、俺はいろんな「当たり前」のことが欠けてるの。こんなこというの、あざといけど。それは音楽の才能で補われていたと思ってたんだけど。でももうそれもないの。ある一人の人間によって潰されたの。

名前:あいこ 日付:4月14日(火) 15時39分
俺が「音楽の才能」って言ってるのは、意志のことなんだけど。個人の意志を超えた意志ね。意志が生きていれば、意志は世界とコミュニケートするわけよ。頭で意志を押さえ付けている限り、人生なんてものは存在しないのよ。求められるものは求めるものであり、世界には個人を超えて、「全体」しか存在しないわけよ。「求め求められる関係」とかいうが、そもそもその二つはわかたれていないものなんだよ。求めることは同時に求められることなんだよ。何故俺がそれをするのかって、「それ」が俺にそうすることを望んでいるからだよ。意志の生きている人間と意志の生きていない人間とは交わりようがないんだよ。それぞれ違う世界に住んでいるんだから。意志が生きていれば、呼ばれあうというか、全体しか存在しないわけだよ。俺は、そういうところから引きずり出されたわけだよ、無理矢理にね。意志の生きていない人間からね。頭の言いなりになっている馬鹿からね。

名前:あいこ 日付:4月14日(火) 15時53分
そういう馬鹿の考えていることというのは、「日々いかに、どれだけの仕事をこなすか」、それだけなわけだよ。そして、その「仕事」の選択の基準になっているものは、「周りからどう思われるか」、「これを手にすれば評価されるんじゃないか」、それしかないわけだよ。頭で作り上げたものでしかないわけだよ。そうやって、そういう奴らは、一生、自分の人生というものにかすりもしないで死んでいくわけだよ。

そういう奴らがそうやって死んでいくことには俺にはまったく関心はないけれど、しばしば、そういう奴らは他の人間を巻き込んでいくんだな。頭によって支配された「生き方」をいろんな人間に押し付け、広めていくわけだ。そしてもともと生命の持っている自立した方向性を押さえ込み、なかったことにしていくわけだ。戦争などでは、こうした暴力が大規模で行われているわけだ。思考優位による、生命の自立性の抑圧。言葉しか存在しないわけだ。そこでは人生は軽薄な言葉と等価なわけだ。そういうことを、俺は脅威に感じているわけよ。脅威というか、もう実際に俺の人生は終わらせられてるわけだけど。

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