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2011/12/29 (Thu) 09.4月21日(火)~4月22日(水)

名前:あいこ 日付:4月21日(火) 18時6分
どう考えてもこの一年間は無駄でしかなかったんだよね。俺の場合は、「アイコが好きだ」という気持ちから出発しないと無意味だから。この一年間は、無意味だと分かっていることをわざわざやって、それが本当に無意味であること知りましたっていう、それだけだから。必要ないんだよそんなの。そういうのを逃げてるっていうんだよ。アルバイトを始めたりね。無意味なんだよ。最初から意味を持つのはアイコだけって分かりきってるんだから。例えば、「たくあんが好き」って気持ちから出発して、その気持ちに従って毎日を過ごしていれば、たくあんに近付いて行くんだよ。それを一生続けていれば、一生たくあんで終わるんだよ。俺はアイコに近付きたいの。「アイコが好きだ」っていう気持ちから出発した行動以外は何も信じられないの。俺はこの一年間、「アイコが好きだ」って感じられていた時間は殆んどなかったの。じゃあ何か好きになったのかっていうと何も好きになってないよ。「アイコが好きだ」っていう気持ちのないところから生まれた行動なんて空虚なの。時間を過ごしていただけ。

少なくとも去年の六月の時点では、「アイコを好きになりたい」っていう気持ちがあったんだけどね。「足りていない」っていう。自分の「好き」は、然るべき「好き」ではない、っていう。不自然な生活をしているから、100好きになれるところを20しか好きになれていないっていう、自分の「好き」が抑圧されているのを感じていたんだよ。だからそれを解放しなければいけないと思った。それで、アルバイトを始めさせられて、その希望は放置させられた。なんとか、「自分の意志で生きている」と僅かにでも感じられるようになってからは(一ヶ月前くらい)、もうその希望すらなくなっていた。もう「好きになりたい」とは思えなくなっていた。じゃあ何があるのか?希望はない。

希望がないのなら、毎日をどのようにでも過ごせるはずだろう。いや、過ごせていたんだ。でも、その希望のない生活を続けることも不可能だと思った。生きている必要ないもの。生存している以上、生きていてもいいはずだろう?

名前:あいこ 日付:4月21日(火) 18時11分
「どのようにでも過ごせる生活」から抜け出したということは、結局「どのようにでも過ごせない」ということじゃないか。まだ希望は生きている?そうだ、この「希望がない」という現実を全力で見ていたいと思ったんだ。「希望がない」という現実すら、直視しないで誤魔化しているのは俺には耐えられなかった。

この「希望がない」という、この希望のなさとともにあり続けるしか、ここに居続けるしかないと思う。希望はないんだ。

名前:あいこ 日付:4月21日(火) 18時34分
君がぼくのやることについて、「無理だ」とか断じるのなら、君は宇宙の仕組みについて理解していないということになる。何故なら、君はぼくが普段どのようなものを見て、どのように感じながら生きているのか、或いはぼくが今までにどのようにして生きてきたのかを、何も知らないからだ。何も知らないのだから、どのようにも断じることは出来ないはずだ。

だから、俺は誰とも話すことを好まない。

名前:あいこ 日付:4月22日(水) 1時1分
「目に光がある」とかないとか、あれってどういうシステムになっているんだろう。生気がある場合、目に光があるんでしょう。でも、生気と目に光が反射することの直接的な繋がりが見出せない。俺は多分、ずっと目に光のないままだな。死んだ目ってやつ。

俺なんか、鏡を見ても、濁った目というのか判らないけど、ずっとガラスの作り物みたいな目に見えるもんな。ガラスみたい。目は心の鏡だとかよく言うけど、俺の心はガラスの作り物ってわけか(笑。
http://search.yahoo.co.jp/search?p=%E7%9B%AE+%E5%85%89+%E7%94%9F%E6%B0%97&ei=UTF-8&fr=top_ga1_sa&x=wrt

名前:あいこ 日付:4月22日(水) 3時4分
「どうして彼を愛しているかというと、ヒースクリフがわたし以上にわたしだからよ」
エミリー・ブロンテ「嵐が丘」

名前:あいこ 日付:4月22日(水) 3時25分
俺はこんな感じの顔をした女と結婚するのだろうと、小学校から中学校あたりまでは思っていたよ。いまでもかわいいというか惹かれる部分はあるけど、なんかこの人の顔を見ていると、昔の俺を見ているような気分になる。まあでも…普通だよね。俺が恋愛というものにそれほど関心を持っていなかったら、「無難に」こういう女と本当に付き合うようになっていたかも知れない。でも、俺はいつの間にか、人生を踏み外しちゃっているんでね。既に無難な人生ではなくなってきているんで。

この女の顔を見ていても、俺の中に未だ欠けているものを、この女の中から見出すことは出来ない。人を好きになるということは、「自分自身よりも、既に自分以上に完全に自分である誰か」に出会うということではないか。つまり、「彼女は、本来あるべき俺の姿だ」と。「彼女は、俺よりも俺らしい」と。
http://hoshino-mai.justidols.com/

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