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2012/01/21 (Sat) 09.5月17日(日)~5月18日(月)

名前:あいこ 日付:5月17日(日) 16時17分
自分がかつて愛好していたものに接した時も、ある種の攻撃性を感じることが多くなった。つまり、自分の内部が、自分の胸のうちが、自分を支配しようとしてくる人間に対して開かれている。自分の剥き出しになった筋肉が刃物で切りつけられるような感覚。そのような感覚を、自分がかつて愛好していたものに接していても感じることが多くなった。「守られていない」という感覚が常に強くある。自分の内部に異物があるというような感覚。外部から侵入してきた異物が。

名前:あいこ 日付:5月17日(日) 16時24分
だからなのか、自分が選択することに対して躊躇することが多い。100円の菓子を買うのかどうか。迷っているというよりも、「それを買うことで自分が危険な状況に置かれるのではないか」という恐れがある。自分で自分を危険な状況に追い込むことに対する恐れがある。自分の意志を自分の意志として信じることが出来ないからなのか?というか、どれが自分の意志なのか?

名前:あいこ 日付:5月17日(日) 16時50分
自分を傷付けるようなことをすることに対して抵抗を感じないというか歯止めがかからなくなっているのかな?慎重ではなくなってる。自分の世界を守ってない。自分から自分の世界を壊してる。いつだったか慎重に生きていることに対して妨害してくるやつがいたよなあ。結局これもあれの影響なのか。自分の生き方を忘れてるんだろうな。「慎重に生きろ」と四六時中、自分に言い聞かせないといけないんだろうな。ああそうだ、「これは自分の意志で選択しているんだ」と自分で信じられることが目標だったよな。だったらそう確信できないことは一つでもしてはいけないな。100円の菓子を買うにしろ、そういう積み重ねが、「自分が自分の人生を生きている」という実感を破壊し、自信も失わせるんだからな。

名前:あいこ 日付:5月17日(日) 16時51分
誰かの自信を奪いたい場合、その人が「自分の人生を生きている」という実感を破壊するのが、いちばん有効な方法なのかも知れないね。

名前:あいこ 日付:5月17日(日) 17時3分
自分が自分で日常的にしている行為が自分を傷付けているのは明らかなんだけど、どれが自分を傷付けているのか、区別がつきづらくなっている。だから何をするにも葛藤がある。自分で自分をもっと酷い状況に追い込んでいるのではないか?しかし、自分を酷い状況に追い込まないようにする方法は分かっていない。自分を害するものは、既に自分のうちにあるのだろう。俺に必要なのは、自分の中にある、自分の意志は、統合されるべきものではないと自覚し、「自分の意志」の中に、「外部から侵入してきた、自分を破壊しようとしている意志」と、それにあらがうべき、元々あった自分の意志との二種類の意志があり、「侵入してきた意志」を常に峻別し、これと戦わなければならない、ということだろう。いまは、明らかに「侵入してきた意志」が支配的になっていて、それが自分を死に向かわせている。

名前:あいこ 日付:5月17日(日) 22時4分
悲しみ
生活と繋がった悲しみ
生活とは
人間と人間が繋がるための
悲しみ 胸の痛み
彼女が泣きながら
飲んだもの
俺はスーパーにいて
オレンジジュースを手に取る
この地面
アスファルトの匂い
世界というもの
人々
生活

名前:あいこ 日付:5月17日(日) 22時22分
このようなことを常に感じながら生きていられたら、どんなに幸せだろうと思った。

名前:あいこ 日付:5月17日(日) 23時52分
アイコが誰なのかわからない。未だにわからない。全然わからない。アイコは誰なんだ?

名前:あいこ 日付:5月18日(月) 1時4分
去年の今頃だったか、六本木のスーパーデラックスっていう店で、ノイズギターのフェスティバルを見たのね。灰野とか内橋とかが出てるような。その時に、俺の近くに、5年前くらいのアイコにそっくりな人がいたんだよ。服装、髪型含めてね。激ロリ。女の子二人で、来てたのね。女の子二人で、ノイズギターのフェス(6時間ぶっ通し)に来てるわけよ。それで凄まじい音量のノイズに浸りながら、灰野敬二見て感激してるわけよ。休憩中に、「この本、面白いんだよー」って、となりの女の子に本を紹介してたんだけど、その本を覗き見たら、村上春樹の「世界の終わりとハードボイルドワンダーランド」。

いま思うと、あれは運命だったのかもしれないな。5年前のアイコ(「蝶々結び」のPVのアイコにそっくり)にそっくりな激ロリの女の子。村上春樹が好き。女の子二人で、ノイズギターのフェスに来る感性。アイコに激似ということは、当然アイコも聴いているだろう。

恋人とは言わずに、せめて友達になるというか、関係を保っておきたかった。もう二度と会えないのかな。間違いなくいえることは、俺はあの子にもう一度会いたいと思っている。

「興味深い」人間だ。5年前のアイコに激似(激ロリ)。村上春樹が好き。ノイズギターのフェスに女の子二人で来る感性。ここまで揃う女の子がどれだけいるというのか?

友達になっても楽しそうだ。というか、俺はこういう人を友達に持ちたいと思っていたのかもしれない。友達としても希有だし、恋人としても希有。

俺はまたあの子に会えるんだろうか?

名前:あいこ 日付:5月18日(月) 1時49分
考えてもごらんよ。5年前のアイコにそっくりの激ロリで、アイコにそっくりな服装・髪型をしているということは、当然アイコを意識しているわけでしょ(偶然ああはならない)。つまり、あの子はアイコが好きなんだよ。それでいて、大友良英とか、内橋和久とか、グラウンドゼロなどのアヴァンギャルド音楽が好きなわけでしょ。それでいて、さらに、村上春樹が好きなわけでしょ。それで、歳は20歳前後。

こんな女の子が世界に何人いるんだ?

想像するまでもなくわかると思うけど、アイコを聴く層と、大友良英あたりを聴く層は重ならないんだよ。アヴァンギャルド音楽を聴く人はまずアイコなんて聴こうともしない。

だから、この二つが両立しているというだけで奇跡なわけよ。アヴァンギャルド、つまり「ジャズ」に興味があって、それでいてアイコが好きだという。それで5年前のアイコにそっくりの激ロリ。歳は20歳前後。村上春樹が好き。奇跡ではないか!!

名前:あいこ 日付:5月18日(月) 1時50分
俺は、ジャズと、アイコとの間をさまよっている。俺はアイコを聴く。日常的にジャズを聴くことはない。しかし、俺の出す音を最も生かすフォーマットはジャズなのだ。というか、俺が音を出す。その音に呼応して、他の人も音を出す。そうすると、何故か「ジャズ」が演奏されているのだ。おそらく、俺の出す音の中に、ジャズ的なものがあるのだろう。俺はジャズからは逃げられないというのを感じる。聴くのとやるのとは別だ。

そこへ来て、その女の子が俺の目の前に現れたのだ。

何故、あの時、あの子に声を掛けなかったのだろう?

その女の子は、俺自身がアイコを最も好きでいながら、自らはジャズを演奏するという一種の矛盾を、受け入れられるようになるための、重要な存在でもあったと思うのだ。あの子と出会い、あの子と付き合うことで、俺は、自らの矛盾をも愛することが出来たと思うのだ。アイコだけを好きでいることは、俺とジャズとの関係性を否定することになる。だから、アイコを好きだということ、ジャズとも関係があるのだということ、この二つを統合することを、肯定してくれる他者の存在が必要だったのだ。つまり、あの女の子と付き合うことで、俺は自己否定から自由になることが出来たと思うのだ。

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