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2012/02/01 (Wed) 09.6月4日(木)~6月8日(月)

名前:あいこ 日付:6月4日(木) 22時15分
俺の場合、ビデオデッキの位置を変えただけで、世界全体が変わっちゃうのね。こちらの世界の認識そのものが変わるから、俺の目標のようなものもそれによって覆い隠されたりする。すると行動も変わる。まず、世界の認識が定まっていないと、自分と世界の関係の認識が定まっていないと、何もできない。ただふわふわ漂うだけだ。その間は何も見えないわけ。墨で塗られたようにね。何もないところから何もないところへの移動に日々を費やすことになる。俺なんかの場合、結果的に、ビデオデッキの位置を変えただけで、死にかけるというようなことが非常によくある。世界の認識そのものがインベイドされるわけだ。「便利だから」という理由でテレビやビデオデッキを移動したりするんだけど。それで死にかけるわけ。理屈じゃねーんだよ、結局。

名前:あいこ 日付:6月5日(金) 1時26分
普通は自分の人生を自分で悪い方向に持っていくことには歯止めがかかる。けれど、自分の人生を壊すことになれてしまうと歯止めがかからなくなる。更に悪い方向に行きそうになっていても、現実味がない。だから止められない。更に悪い方向に行くと行っても、-8が-10になる、それだけのことだろう、というように、実感をまったく伴わず、ただの数値にしか感じられない。ゲームの中のことのようだ。実感が感じられないから、切迫することもない。いつまでも止められないのかも知れない、と思って恐ろしくなる。どこになったら俺は実感を感じるんだろう?「おれはやばい」と思うんだろう?痛みを感じない以上、俺は自分の身を切り続けるだろうし、例えば俺は線路に自分の身を横たえても痛みを感じないのではないか?失うことに慣れている。失うことに対して何も感じなくなった。自分の人生を自分で悪い方向に持っていくことに抵抗を感じなくなった。俺はこの年まで生きてきて何もしていない。大学に入って、気付いたら何もしないまま六年目になっていた。自分のいまの感覚は信じていない。「卒業したい」と切実に感じることはない。けれども、「卒業したい」と感じていた時の感覚の方が信用できる。いまは何を見ても何の感触もないのだ。何を食べても味がしないのだ。口の中でごそごそ言っているだけだ。物を食べていても触覚しか感じない。だから噛まずに飲んでしまうこともある。何を見ても切実に何かを感じることはない。勿論音楽も聴けない。こんな時に何を考えても、何も信用することはできない。将来のことなど決められるわけがない。今日やりたいことも何もないのだから。だから試験だと言って、勉強していても、自分が勉強していることそのことがどこかに繋がっているという感じがしない。繋がっているとして、それが自分にとって何を意味するのか…ただ機械的に勉強して機械的に単位が来て…現実のように感じられない。誰かが文章にして書いたことなのではないか?観念しか存在していないんだな…すべてが文章のようにしか感じられない。何を見ても自分の脳内にしか見えない。街を見ていても自分の脳内を見ているようにしか感じられない。

名前:あいこ 日付:6月5日(金) 18時39分
薬が必要、一秒を楽にする、一分間を耐えるための。一分間、一分間が地獄。いちばん安全なのは自分の家。世界でいちばんマシなのは自分の部屋だろうし、のたうちまわっていられるし、基地外みたいに叫びまくることもできる。外に出ている時は、のたうちまわれない。金切り声を上げられない。また、自殺する危険性もある。もちろん何にも興味を持てないし、何を前にしても、自分とその対象との間に大きな距離がある。大きく、空虚な空間が間にある。すかすかする。手応えをまるで感じない。胸が常に焼けるようなじりじりするような感じ。胸の中が常につまっている。呼吸がうまくできない。常に息苦しい。そして、この息苦しさが少しでも軽減する方法を知らない。何も考えられないし、頭には「死にたい」という言葉しか浮かばない。音楽も興味が持てないし、聴いても攻撃的で、神経に障るものでしかない。本も何も読めない。一つのところにじっとしているのが苦痛。だから歩き回っている。常に移動している。胸の詰まる感じ、息苦しさが少しでも軽くなることを期待して、移動する。動き続ける。時間が稼ぐことすら難しい。…やっと五分。息苦しさはどこに行けばなくなる?腹はすくことはすくが、胸が詰まっており、息苦しいので何も食うことができない。食っても味がしない。いまの俺にとっていちばん「楽な」時間の過ごし方は、息苦しさに、家の床をのたうちまわること。しかし、外に出ている間はそうはいかない。

名前:あいこ 日付:6月6日(土) 2時36分
生きている間くらいは明るい所にいたい。

名前:あいこ 日付:6月6日(土) 2時54分
人間にとっていちばん重要で、失うと危険なのは、「信じること」。信じるから生きていけるのだ。常に、「自分にとって何が一番信用できるのか」を考えなくてはならない。正しいことも間違ったこともない。ただ、信じられるかどうか、それだけ。

名前:あいこ 日付:6月6日(土) 15時18分
あとねえ、客観的に、冷静になるのが大事だとかよくいうけど、人間を動かしているのは理性ではなく、結局は感情、或いは欲求でしかないよね。感情や欲求が動いていないのに、理性や客観性なんて何の役にも立たないよね。「感情に振り回されて大変」とかいう前に、「そもそも感情が機能しなくなったらどうなるのか」というのを想像してみれば、感情に振り回されているのが恵まれていることのように思えるんじゃないの。

名前:あいこ 日付:6月8日(月) 16時5分
音楽を聴くと、まったく何も感じないわけだけど、「まったく何も感じていない」という事実に直面するのも、疲れることなんだよね。だから音楽を聴こうとすることをよすんだけど。或いは、「まったく何も感じていない」という事実を自分につきつけるために、わざと音楽を聴きまくることもある。どんどん音楽がゴミのように思えてくる。自分はいろんなものをゴミのように扱っている。そうしてどんどん自分が嫌いになっていく。

名前:あいこ 日付:6月8日(月) 21時55分
「自分が何かを見失っている」というのは判るんだけど、何を見失っているのかがわからない。それが何なのかわかった時には手遅れになっている。そういうのはよくあることなんだろうかね。

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