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2012/02/02 (Thu) 09.6月10日(水)~6月14日(日)

名前:あいこ 日付:6月10日(水) 15時44分
自分に「アドバイス」してくるやつは、みんな自分より馬鹿なんだということを覚えておかないといけない。「アドバイス」してくるやつは極まって自信満々で、自分は何でも知っているという態度で「アドバイス」をしてくるから、こっちもそいつの言ってることが正しいように感じられてしまう危険がある。常識的に考えて、よく知りもしない他人に対して「ああしろこうしろ」と軽率に発言することができるというのは、普通の人間だったらありえないことだろ。

名前:あいこ 日付:6月11日(木) 1時46分
アイコは「いっぺんに全部をやりとげようと思わなくていい。一つ一つクリアーしていけばいいと思う」って言ってたけど、俺なんかアイコのツアーパンフレットをすべて読み終えるのに、(思い立ってから)二年以上かかってるわけよ。

学校へも行かない、アルバイトもしないという環境を何故求めたのかというと、アイコと二人きりになりたかったからだろう。アイコのために不安になり、アイコのために苦しみ、アイコを見て胸を痛めていたかったのだろう。

名前:あいこ 日付:6月12日(金) 14時9分
アイポッドを見ると吐気がする。どこに行けば吐気を感じないで済むのだろうか?

名前:あいこ 日付:6月13日(土) 13時19分
俺のやっていることは、俺の責任ではないということ。俺がきわめて限られたものにしか興味を持たないのも、俺の責任ではないということ。俺にとって、世の中の大半の出来事は無意味であるということも、俺の責任ではないということ。

このようなことが理解できない馬鹿を相手にする時、どのように戦うのかということ。

俺は自分の意志にぴったりとくっついている間は不満はない。自分の意志と自分のとっている行動とが乖離している場合、不満を持つ。

名前:あいこ 日付:6月14日(日) 0時33分
この世界にあっていちばん厄介なのは人間なんだけどね。自分に侵入してきて破壊してこようとする人間といかに戦うか、ということと無縁でいられたら楽に生きていけるんだけどね。「人間は共に仲良く」なんてのは上辺だけの文言であって、実際は「いかに人間と戦うか」、こちらの方が現実的な問題。

「人間は仲良くやっていけるものなんだ」という思い込みをしている人間が、俺にとって脅威になることが多いんだな。「人のことは完全に理解できるものだ」と思い込んでいて、「ぼくも君もみんな同じ人間なんだ」と思い込んでいて、「君のことが好きだ」と軽々しく口にし、「さあ手を繋ごう」と言ってくる人間。そういう人間が俺にとってのいちばんの脅威だ。

名前:あいこ 日付:6月14日(日) 0時47分
「みんな仲良く。ぼくは君が好きです!さあ手を繋ぎましょう」とか言って、人間の持っている対外的な攻撃性に対して見て見ぬ振りをしている偽善者が許せないってこと。人間、そう簡単に他の人間を好きになれるわけがないんだしね。牽制し合う部分っていうのは生来的にそなわっているんだから。

会う人間すべてに対して、「殺すぞ、おまえ」とか言って日本刀振り回している人間の方が俺は余程信用できる。

名前:あいこ 日付:6月14日(日) 1時18分
ミッシェルガンエレファントのチバユウスケは、カネコアツシの漫画に対して「妄想、暴力、裏切り。これが現実。俺はリアルなものが好きだ。だからカネコアツシが好きだ」とか言っていたけど、俺はリアルなものが「好き」というよりも、単純にリアルじゃないものが「嫌い」なんだ。嘘くさいものがね。

名前:あいこ 日付:6月14日(日) 3時4分
俺は何も信じていない。人間にそなわっているのは信じる能力「だけ」だ。真実なんてものはない。本当だと思えば本当だし、嘘だと思えば嘘だ。「信じているそのこと」、それだけが真実だ。信じる能力を失うことは、すなわち生きる意志を失うことだ。自分の目に映る物事はすべて、嘘でも本当でもないことだ。

俺は去年の七月までは、常に一貫して自分は前進していると感じていた。自分の世界に対する認識は常によりよい方向へ進んでいると感じていた。だから生きることに何の不満も感じていなかった。完璧な人生だと思っていた。去年の七月以来、俺は少しも前進していない。世界に対する認識は、破壊された。去年の七月以前は、普通に理解していたような、世界の認識の仕方を、忘れてしまっている。自分にとっては当たり前だった理解が、今の自分には殆んどなくなってしまっている。当たり前で、自分にとって重要な理解、すなわち価値観が、なくなっている。「世界はこういうものだ」という理解が。去年の七月以来、俺は無駄に年を取っているだけだ。何の前進もない。当然助けてくれるやつなんていない。当たり前だ。去年の七月に俺が間違った方向へ引きずり込まれようとしている俺を止めなかった親も、所詮は他人事なのだ。他人事でないのなら、去年の七月に止めていたはずだからな。今更俺に対して心配しているようなそぶりを見せたところでそれが俺にとって何の助けになるというんだ?俺は死ぬ時には一人で死ぬ。結局、親だって、俺が「自分のとっている行動が自分の意志によるものだ」と信じながら生きることについてはどうでもいいと思っていた、つまり「意志に従って生きようが生きまいがどっちでも同じだ」と思っていたから、俺が間違った方向へ引きずり込まれようとしているのを止めなかったわけだ。「正しいも間違っているもない」と思っていたのだろう。親は、自分の息子はぎゃーぎゃー言っているけれども、息子が困っているのは一過性のもので、遅かれ早かれ息子は無事になるのだろう、と高をくくっているのがよく分かる。結局他人事なのだ。親の人生が変わるわけではない。

いまの自分にとって必要なことは、「いま自分のとっている行動は自分の意志によるものだ」と信じられるように生きられるようになることであると思うけれども、そこに至る方法を俺は知らない。「自分の意志」に至る手掛りが見付からない。

名前:あいこ 日付:6月14日(日) 3時26分
俺もあいつのように誤魔化しながら生き続けるようになるのだろうか?自分にとって本当に必要だったものを二度と見付けることが出来ず、この無意味な人生を、空疎な言葉を並べて世界をますます無意味にしていきながら、からっぽな人生を生きていくしかないのか?俺の人生はやはり終わったのだろうか?自分の言葉がどんどん失われていくのが分かる。自分の本心ともいうべきものが日に日に失われていくのが分かる。自分の書いていることは、自分の本当に思っていることではないと思う。生は無意味であると思う。理由は一つ、俺には本心がないから。思ってもいないことを書き、望んでもいないことを続けて、俺は自分が誰なのか分からなくなった。何かを話す場合、どこかから言葉を盗んでくるしかない。これではあいつと同じではないか…空疎な言葉。自分の本心をどこかに置いてきたまま生き長らえている人。俺は自分の「本心」を取り戻すこと以外にやるべきことは何もない。何を美しいと思うのか、何を信じているのか。「本心によるものではない」と思ったのなら、それを絶対にやってはいけない。俺は奴のいう「馬鹿になれば最高なのだ」「なんでも気の持ちようだ」「ポジティブに考えろ」とかいう洗脳から解けていないのだろう。つまり自分の本心に従うことを無意味なことと考える習慣が身についており、それからまだ抜け出していない、ということだ。俺はこの世界が夢でないのなら、俺の人生は既に終わっていると思う。親は楽天的に寝ている。俺が何を考えているのかなんて知るわけがない。俺が死ぬ時も、親は楽天的に寝ているのだろう。

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