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2011/06/15 (Wed) 08.9月12日(金)~9月14日(日)

名前:あいこ 日付:9月12日(金) 0時0分
なんにも見えていなかったんだよねえ…生きていると痛みはつきものだねえ…この痛みを求めていたはずなんだけどねえ…いざ痛みが戻ってくるとこんなに混乱させられるものとはねえ…後悔だとかねえ…後悔しかないか…ずっとこの世界に留守をしていたわけだからねえ…俺は一応同じ世界を曲がりなりにも見ていたと思っていたんだけどねえ…違う世界でした…でも痛くて後悔があってぼくを混乱させるこの世界は素晴らしいんじゃないですか…こういう痛みだとか後悔だとか混乱を引き起こすものを愛だとか言うんでしょう?…この愛があるために死ねないんですよ…ちょっと前なら死ねてたと思うんですけどね…泣いてますよ…悲しいのかな…

名前:あいこ 日付:9月12日(金) 17時47分
よく思うんだけど、俺から見て物凄く嫌な奴、想像力のない奴が多く社会的に受け入れられているんだよね。俺から見て物凄く嫌な奴で想像力の欠けた陰湿な奴だから、周りにも嫌われて当然だろうと思うとそうじゃない。そういう奴の周りには人が沢山いて、そういう人間に疑問を持つ俺の方が異物として排除される。つまり、社会的に見るとそういう人間に疑問を持つ俺の方が「劣等」で、排除するべき社会に必要のない人間なんだろう。社会的に見れば彼等の方が正しいんだろう。音楽や小説、漫画、映画なんかを見ていると、友達になりたい人が沢山いるけど、そもそも音楽や小説などの文芸、芸術、に表現された価値観を支持する人間は、社会的に見ると「要らない人間」なのかもしれない。芸術は、社会から疎まれ、必要とされない人間のためにしか存在していないのかも知れない。芸術を必要としている時点で、その人は既に世の中の殆んどの人間から嫌われ、迫害されているということだろう。芸術は、いや、俺の好きな世界の美しさは、世の中の殆んどの人が感じているものと思っていたが、そんな人間はごく少数なんじゃないかということに今更気が付いた。不遜なようだけど、世の中の大多数の人間にとって、世界は俺が思っているほどは豊かではないのかも知れない。俺みたいに死にかけている方がかえって人間に近い気がするね。彼らを見ているとそう思うよ。彼らにとって世界は複雑なものでも不可解なものでも豊かなものでもない。彼らは物凄く「生きる」のが上手だと思うよ。俺から見ると生きているようには見えないけどね。

名前:あいこ 日付:9月12日(金) 21時50分
からっぽの
http://www.amazon.co.jp/%E3%81%8B%E3%82%89%E3%81%A3%E3%81%BD%E3%81%AE%E4%B8%96%E7%95%8C-%E5%B1%B1%E7%94%B0-%E8%8A%B1%E5%AD%90/dp/4883790010/ref=sr_1_1?ie=UTF8&s=books&qid=1221223948&sr=1-1

名前:あいこ 日付:9月13日(土) 18時3分
話すとね、言葉がなくなる。自分の中がカラカラになる。それが嫌。だから俺は話すのが好きじゃないの。いちばん強く思っている言葉は絶対に口には出さない。絶対に出したくない。出す必要もない。

名前:あいこ 日付:9月13日(土) 22時0分
池田学会の知り合いからメール来たー。「久し振り!夏は楽しめたかな??」だって。選挙前だもんな…「久し振りだな!夏は楽しめたぜ!」って返せばいいのか?それに対する返信は「ところで、今度、サシで飯でも食わね??」って感じなんだろうな…前回がそうだった。

名前:あいこ 日付:9月14日(日) 0時59分
射精する時の「ぴゅっ」って音の「っ」が好き。いや、びゅるるって音がいちばん好きかな。愛が溢れてる感じで。

名前:あいこ 日付:9月14日(日) 20時12分
好き好き好き好き

名前:あいこ 日付:9月14日(日) 20時26分
胸の痛さを忘れている間は「人生はこんなものなのかな」という感じになんとなく日々が過ぎていく。けれど、胸の痛さを再び感じたとき、この胸の痛さを感じている間だけ、自分は生きているのであって、この痛さを感じていない時間はまったく無駄な時間なのだ、と考える。本当にその通りなのかもしれない。自分は人生を無駄にしすぎている。素直にそう感じる。痛さを簡単に忘れる。忘れている時間の方が圧倒的に多い。それが怖ろしい。生きていたい。

名前:あいこ 日付:9月14日(日) 20時47分
ただ、胸の痛さを感じていない間は、現実感だとか、あらゆる感触がないから、世界が無味乾燥にしか見えない。モノクロの景色が、移り変わるだけ。未練なんか感じないわけですよ、その世界に対しては。胸の痛さを感じているときのことを覚えているから生きていられるのであって、これをもう忘れていたら、もう生きていられないかも判らないですよ。まあ、こんなにモノクロで、感触のない世界を過ごしているから、これが「正常」であるとは思わないですよ。だから、「ここは正しい場所ではない」という意識が常にあるんです。それが救いではあるかもしれない。そこに安住しようとは思わないからね。感触がなくたって、それは苦痛だから。痛みもない、感触のない世界ってのは、楽ではないんですよ。楽ではない、というのが救いでしょうね。胸の痛みを感じられること、そういう感触が感じられることが正常である、と理解しているということですからね。だから、必ずいずれ自分はそこへ戻ってくるんです。胸が痛い時の感触を覚えている限り…忘れるのが物凄く怖いんです。忘れたら、もう二度と戻ってこられないし。胸の痛みがね、戻って来なくなることがね…忘れたくない。だから、常にこの胸の痛さを感じていたいんです。

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