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2010/03/28 (Sun) 08.2月11日(月)~2月12日(火)

名前:あいこ 日付:2月11日(月) 0時47分
そうそう、アイコの音楽は死に接触した生の表現だって言ったけどさ、これはつまり、「喜びの表現」なのね。結局、生きてりゃいいことがあるってことを言っている、一言で言えば「生の肯定」だから。あの人は、悲しみを歌おうっていう意識はまったく持っていないと思うのね。あの人の音楽はすべて、上を向いている音楽なんだよね。正確には、上を向こうと頑張っている人の音楽、というのかな。まっすぐ前を向いているよね。俺は前向きに頑張っている人が好きだね。同時に、物事に対して懐疑的な人が好きだね。逆に、疑いを持たない人は好きになれない。

名前:あいこ 日付:2月11日(月) 23時20分
想像は常に事実よりも怖ろしいものだ。

見るのを避けていれば想像は生長する。それは事実を離れる。
ひとたび見てしまえば、想像は消えてしまう。

想像の中だけで生きていると、足が地面から離れる。夢の中のようになる。

神経症はすべて想像上の創作である。

「想像力が豊かなのはいいことだ」。

それだけか?

名前:あいこ 日付:2月12日(火) 17時5分
生の側から見た、死。死の側から見た生。このふたつが分かたれていない。

生の中にあるとき、常に死を意識している。死を怖れ、同時に死に近づこうとする。

逆に、自分が死んだとしたら、自分は永久に生を渇望するだろう。生きたいとか死にたいとか…死にたいと思った10分後に生きたいと思っている自分がいる。

そういうことを、アイコの音楽を聴いて感じることが多い。「星のない世界」という曲が、いちばんそれを強く感じさせる。アイコが普段の生活の中で、生の側から死を想像したり死の側から生を想像することが多いのだろう。そうとしか思われない(実際、インタビューのときに何度もそれに近い発言をしているわけだけれど)。

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