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2010/03/28 (Sun) 誰か、自分以外の

名前:あいこ 日付:2月14日(木) 23時6分
誰か、自分以外のほかのひとりの人間が、これだけ「世界」たりうるものだろうか。
ひとつの瞬間の表情、そこに世界。
別の瞬間の表情。そこに世界。
それらの瞬間が見せる世界は、共通は見受けられども、同じには見えない。
見れども見れども、自分の知らない世界をそこに見る。終わりやある?
ひとつの瞬間の表情に、世界。その世界はほかのすべての世界を圧する。別の瞬間の表情に、世界。その世界も、ほかのすべての世界を圧する。
しかし、まだその圧するところの、世界の大きさを知らないのですね。

名前:あいこ 日付:2月15日(金) 0時8分
アイコを抱きしめたら、月並みだけど身体固まりそう。ぎゅっと抱きしめることはたぶんできない。触れてる程度に抱くだろうな。それでずっと固まってそう。意味わからん。

名前:あいこ 日付:2月15日(金) 1時14分
アイコは歳をとるごとにかわいくなっていくね…

名前:あいこ 日付:2月15日(金) 2時28分
普段のアイコのようす、外面と、歌を聴いて見出されるアイコの人間との間には、けっこうな相違があるんだよね。まあそりゃ、外面と内面は違っていて当たり前だけど。俺はアイコの内面のほうばっかり見ているわけだ。俺はいま、アイコの音楽を聴いたり、インタビューを読んだり、アイコの好きな音楽を聴いたり、アイコの好きな漫画を読んだり、アイコの好きなものを見ることで、そこでアイコが感じたことを、俺も一緒にトレースしようとしたり。アイコの内面を知ろうという努力を、今の環境で可能な範囲内でやっているわけだ。けど、普段の外面なんて知らない。実際に会っていないからね。舞台裏の映像とかを見ていると、やはり、自分の思っていた人物像とだいぶ違っている。しかし、その外面と、内面は確実に繋がっているわけだ。まだ、自分の中でそれらの繋がりを見出せていない。それらの繋がりが見えるようになると、俺はアイコを血の通った人間として、生々しいものとして見ることができるようになるんだろうね。

たとえば、いま、アイコの音楽を聴いて、感じる。これは遠隔操作のようなコミュニケーションなんだ。俺とアイコは見つめ合っているわけではない。アイコの見ているものを、俺も一緒になって、見る。そして、アイコが感じたものを、俺も一緒になって感じる。同じものを見ているだけなんだ。俺はアイコ自身を見ているわけではない。アイコの好きなものを見ている。アイコの感じた感情を一緒に感じようと努めている。アイコの美しいと思ったものを、俺も美しいと感じたいと思っている。アイコの知っている世界を、俺も知りたいと思っている。アイコの眼で、世界を見たいと思っている。

たとえば、俺とアイコのあいだに、共通項はあるかもしれない。人生において、お互い、同じようなものに価値を見出しているかもしれない。けれども、俺はアイコを直接には何も見ていない。アイコの考えていること、感じているものを、ひとりで、自分なりにトレースしているだけだ。遠隔操作のコミュニケーションだ。

俺はお互いの顔を見つめあうことだけがコミュニケーションだとは思わない。孤独に為されるコミュニケーションもあるのだ。しかし、これだけでは、俺は絶対に満足はできない。このままで死んだら、生まれないほうがマシだった、と言えるだろう。

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