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2011/08/31 (Wed) 09.1月21日(水)~1月22日(木)

名前:aiko 日付:1月21日(水) 1時46分
俺がずっと問題にしているのは「不在感」なのか?自分にとって必要な人間の…いま自分の置かれている環境の中で、不在感と折り合いをつけようとしているんだろうか?

名前:aiko 日付:1月21日(水) 2時0分
その「不在感」というものが漠然としているんだな。形を把握出来ていない。形を把握出来るようになれば、どこまでが不在で、どこまでが不在でないかが判るようになるんだろう。俺はまだ「不在」を感じられるような段階にはない。「足りない」と言えるような段階にはない。「足りない」と思う時には胸が痛くなっているのかもしれない。(正確には、不在性を埋めていく努力をし尽した時に初めて本当の不在を感じるのだろう。早くそこに到達したいと思っている。)

名前:aiko 日付:1月21日(水) 12時13分
当然、音楽上の新しいアプローチがまったく意味を持たないとは言わないけどさ。ノイズ音楽だとかさ、現代音楽なんてのは大体は発想が斬新っていうだけで、音楽としての内容を考えた場合、聞けないものが多いでしょ。だからといってジョンケージのやったことがまったく無意味だったってことにはならないでしょ。そういう発想を活かすことで、本当の音楽が出来ることにもなるんでしょ。

名前:aiko 日付:1月21日(水) 21時32分
かわいすぎる
http://www.musicnet.co.jp/search/search.php?ArtistID=00000003

名前:aiko 日付:1月22日(木) 0時3分
これはひどい文章だ。あまりにも漠然としていて、たぶん君には何のことだかさっぱりわからないだろうな。あるいは君は僕が自分の運命に対して必要以上に意味を与えすぎていると思うかもしれない。もちろん君にそう思わせる責任は全て僕にある。
しかし君にわかってほしいのは、僕が現在置かれている状況の中枢を君に説明しようとすればするほど、僕の文章はこんな風にバラバラになってしまうという事実だ。でも僕自身はまともだ。これまでにないくらいまともだ。

名前:aiko 日付:1月22日(木) 21時10分
no hell below us, above us only sky
imagine all the people living life in peace
http://jp.youtube.com/watch?v=ssBNmHObev0

名前:aiko 日付:1月22日(木) 23時16分
俺はずいぶん無駄に生きてきた。しかし世界は動いている。世界は待ってはくれない。しかし俺はずいぶん無駄に生きてきた。6月に学校を放り出したのは、楽器をやっている時に感じた空虚感による所が大きい。「ここは自分の場所じゃない」という。それでいて、学校に行ってることも、正しいこととは思えなかった。消耗でしかなかった。疲れて思考力もなかった。よく考えて学校へ行くのを中断したのではなかった。「間違ったことを続ける必要はない」と思っただけだった。つまり、自分が「正しい」と思えることをしていきたいと思っていた。そして、学校へ行くのをやめてから一ヶ月もたたない、七月に、無理矢理に働き始めさせられた。「間違っている」と思った。しかし、「間違っている」と感じているのに、すぐにそこを抜け出そうとはせず、「しばらくは様子を見てみよう」と思い、仕事をしばらく続けることにした。つまり、自分が「正しい」と思えることをしていきたい、という考えも、完全に信じていたわけではなかったのだ。「働くことが、いまの自分の求めていることなんじゃないか」とも、少なからず感じていたらしいのだ。

俺は慎重にならなくてはならない。たとえば、俺がもう一年以上音楽をやっていないことを指して、「おまえは慎重すぎる。もっとノリを大事にして生きていけばいいんだよ」と言ってくる人間もいるかもしれない。しかし、俺が「慎重」になっているのには必ず理由がある。結果だけをいじくりまわしても、状況はいまよりももっと酷くなるだけだろう。

実際に、俺が安定してる時というのは、「逃げる」ということが機能している時なんだ。つまり、俺のとる行動は「逃げる」か「向かう」かに分けられる時だな。「逃げている」時には痛みを伴う。「向かっている」時には、形を持ったソリッドな痛み、ソリッドな恐怖を感じ、やるべきことをやっているという充実感のようなものを感じる。自分の行動がその二つに分けられるようにするには、当然、部屋の中の物の配置などもすべて計算づくになる。環境を変化させない、ということが重要になってくる。つまり、自分が実感を感じたり、なんらかの心の変化を感じた時に、それがどの環境の変化に起因するものかを特定出来るようにしておかなくてはならない、ということだ。いっぺんにいろんなものを変化させてしまうと、その時に起こった自分の心の変化が、どの環境の変化によって起こったものかを特定することが出来なくなる。

名前:aiko 日付:1月22日(木) 23時46分
逆に安定していない時というのは、逃げても向かってもいない時だ。なんの痛みも感じられない時だ。痛みも喜びも悲しみもない。無感覚というやつだ。自分の生でも他人の生でもない。自分はただこの肉体を借りていて、自分の仕事は、毎日この肉体を動かし、学校にいったり仕事に行ったりすること。そして眠らせること。おそろしいのは、現状に対して疑問すら生まれないことだな。疑問に思うべき主体というのか、自分の意志が見えなくなっちまっているんだな。いまがまさにこの状態にある。現状を疑問に思うには余りにも人生を無駄にしすぎた…とでもいうのかな(笑)。あんまり自分の人生を離れている時間が長くなりすぎると、現状に対する疑問だとか、問題意識、つまり「これでいいのか、これでいいわけがない」というやつだね、がなくなるというか、追いやられるというか、消えてしまうんだね。そこからはもう、まあおまけみたいなもんだな。後日談だ。人生の後日談。だから、「戻ってくる」のが重要であって、そのためには「どこに戻ってくるのか」を把握していないといけないんだよ。俺はよくなんヶ月も戻って来れなくなっていて、その戻って来るための目印を見失っていることがよくある。いまもそうだ。「戻ってくるための目印」というのは、「これが俺の生だ」と感じられる瞬間をもたらすもののことだな。自分の足が地面についていると感じられるような場所のことだ。胸の温かみを感じられる場所のことだ。そして、俺がいま、というかこの何年間かずっと必要としていることは、この「戻るべき場所」、胸の温かみを感じられる場所、自分の足が地面についているのを感じられる場所、生きているという実感を感じられる場所、にとどまり続ける、ということなんだな。

生きている実感も感じられず、世界が空っぽであるという強い確信のようなものを感じながら楽器をやるというのは、あまり楽しいことではない。だから楽器をやらないの。俺は生きていたいからね。

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